みなし労働時間制は、実際の労働時間に関わらず、あらかじめ定められた時間を働いたとみなす柔軟な労働制度です。
特に営業職や専門性の高い業務など、従来の時間管理が難しい職種で活用されることが多い制度であり、企業は労務管理の効率化を図り、従業員は自律的な働き方を実現できます。
しかし、長時間労働のリスクや残業代の扱いなど、導入には慎重な検討が必要です。本記事では、みなし労働時間制の仕組みを詳しく解説し、企業と従業員双方にとってのメリット・デメリットを徹底的に分析します。適切な運用方法や注意点も含め、この制度を解説いたします。
みなし労働時間制の基本
みなし労働時間制は、労働時間管理の柔軟性と生産性向上を両立させる仕組みとして、導入を考えられる経営者の方も多いのではないでしょうか。
この制度を理解するためには、定義・適用範囲・法的根拠の3つの柱を押さえることが重要です。専門家の視点から、実務で起こりがちな誤解や適正運用のポイントを交えながら解説いたします。
みなし労働時間制の定義
「みなし労働時間制」とは、実際の労働時間にかかわらず、事前に合意した時間を働いたと法律上扱う労働管理制度です。
例えば1日8時間と定めた場合、実際に6時間で業務を終えても10時間かかっても、8時間分の労働が行われたとみなされます。
他の制度との違いを明確に理解するために、主要な比較ポイントを整理しました。
比較項目 | みなし労働時間制 | 固定残業代制 | フレックスタイム制 |
---|---|---|---|
管理対象 | 労働時間 | 残業時間のみ | 労働時間 |
支払い体系 | 完全固定型 | 残業分のみ固定 | 変動型 |
適用要件 | 導入自体に厳格な法律要件がある (就業規則・労使協定も必要) | 就業規則・雇用契約書 | 就業規則・労使協定 |
「みなし労働」と「固定残業代」を混同されている方が意外と多いため、注意はしておきましょう。みなし労働時間制は総労働時間自体を法定で定める制度であり、残業代の有無とは別次元の概念です。
みなし労働時間制が適用される業務
この制度が有効に機能する業務形態には明確な特徴があります。
- 事業場外労働が主な業務
- 外回り営業(直行直帰型)
- 在宅勤務(完全リモートワーク)
- 出張が多い職種(コンサルタント等)
- 労働時間の算定が困難
- 顧客先での作業時間が不定
- 創造的業務で進捗管理が困難(研究開発職)
- 労働者の裁量が大きい業務
- 企画立案業務
- デザイン関連職種
- システムエンジニア(一部案件)
実際の裁判例では、携帯電話での連絡・業務指示が可能な営業職に適用したケースが無効と判断された場合もありまます。重要なのは「使用者の指揮監督が及ばない」状態の立証といえるでしょう。
みなし労働時間制の法的根拠
この制度の法的基盤は労働基準法に明記されています。
- 事業場外みなし労働時間制
(労働基準法第38条の2)- 適用要件:労働時間の算定が困難な状態
- 例:完全在宅勤務のシステム監視業務
- 専門業務型裁量労働制
(同法第38条の3)- 20職種限定(研究開発、デザイン等)
- 労使委員会の設置必須
- 企画業務型裁量労働制
(同法第38条の4)- 本社企画部門等が対象
- 個別同意と労使委員会決議が必要
2024年施行の改正法では、適用対象業務の明確化と労使協定の厳格化が図られました。例えば企画業務型の場合、年収1,075万円以上の管理職のみに限定されるなど、適用ハードルが上がっています。
実務上の重要ポイントとして、みなし時間が法定労働時間(1日8時間)を超える場合、36協定の締結と割増賃金の支払いが必須です。また深夜労働(22時~5時)が発生した場合は、時間帯ごとの実態把握かつ深夜労働については別途割増賃金の支払いをしなければなりません。
みなし労働時間制の種類
みなし労働時間制は、大きく分けて「事業場外みなし労働時間制」と「裁量労働制」の2種類があります。
これらは適用される業務や条件が異なり、それぞれの特性を理解することが重要です。ここでは、各制度の詳細と実務上の注意点を解説します。労務管理の専門家として、制度選択の際によくある誤解や、適切な運用のためのアドバイスも交えながら説明していきます。
事業場外みなし労働時間制
事業場外みなし労働時間制は、主に社外で業務を行う従業員に適用される制度です。この制度の核心は、労働時間の正確な把握が困難な状況下での公平な労務管理にあります。
適用条件と具体例
適用条件は以下の通りです。
- 労働者が事業場外で労働する
- 労働時間の算定が困難である
具体例としては、
- 営業職: 顧客訪問が主な業務で、直行直帰が基本の場合
- システムエンジニア: 顧客先での常駐業務が中心の場合
- 在宅勤務者: 完全リモートワークで業務を行う場合
これらの働き方をする従業員については、事業場外みなし労働時間の制度を適用できる可能性があります。
ただし、よくある誤解として、「事業場外で働けば自動的に適用できる」というものがあります。しかし、実際には労働時間の算定困難性が重要です。例えば、営業職でも常に状況報告が求められており、会社からスケジュール管理がされているのであれば、制度適用ができないと考えられます。
労働時間の算定方法
労働時間の算定は以下の3つの方法から選択します。
- 原則的な方法:
所定労働時間(例:1日8時間)を労働したものとみなす - 労使協定による方法:
業務の遂行に通常必要とされる時間を労使で協議して決定 - 実際に必要とされる時間:
業務に必要な時間が法定労働時間を超えることが明らかな場合
実務上のポイントとして、労使協定で定める場合、単に「1日10時間」などと定めるのではなく、業務の内容や特性を考慮した合理的な時間設定が求められます。また、みなし時間が8時間を超える場合は、36協定の締結と割増賃金の支払いが必要なため注意しましょう。
裁量労働制
裁量労働制は、業務の性質上、労働者の裁量に委ねるべき業務に適用される制度であり、具体的には「専門業務型」と「企画業務型」の2種類があります。
専門業務型裁量労働制
この制度は、高度な専門知識を要する業務に従事する労働者に適用されます。
適用対象となる主な業務は具体的に制限がされており、下記の通りです。
- 新商品若しくは新技術の研究開発又は人文科学若しくは自然科学に関する研究の業務
- 情報処理システム(電子計算機を使用して行う情報処理を目的として複数の要素が組み合わされた体系であってプログラムの設計の基本となるものをいう。7において同じ。)の分析又は設計の業務
- 新聞若しくは出版の事業における記事の取材若しくは編集の業務又は放送法(昭和25年法律第132号)第2条第28号に規定する放送番組(以下「放送番組」という。)の制作のための取材若しくは編集の業務
- 衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインの考案の業務
- 放送番組、映画等の制作の事業におけるプロデューサー又はディレクターの業務
- 広告、宣伝等における商品等の内容、特長等に係る文章の案の考案の業務(いわゆるコピーライターの業務)
- 事業運営において情報処理システムを活用するための問題点の把握又はそれを活用するための方法に関する考案若しくは助言の業務(いわゆるシステムコンサルタントの業務)
- 建築物内における照明器具、家具等の配置に関する考案、表現又は助言の業務(いわゆるインテリアコーディネーターの業務)
- ゲーム用ソフトウェアの創作の業務
- 有価証券市場における相場等の動向又は有価証券の価値等の分析、評価又はこれに基づく投資に関する助言の業務(いわゆる証券アナリストの業務)
- 金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発の業務
- 学校教育法(昭和22年法律第26号)に規定する大学における教授研究の業務(主として研究に従事するものに限る。)
- 銀行又は証券会社における顧客の合併及び買収に関する調査又は分析及びこれに基づく合併及び買収に関する考案及び助言の業務(いわゆるM&Aアドバイザーの業務)
- 公認会計士の業務
- 弁護士の業務
- 建築士(一級建築士、二級建築士及び木造建築士)の業務
- 不動産鑑定士の業務
- 弁理士の業務
- 税理士の業務
- 中小企業診断士の業務
導入手順としては、
- 対象業務の選定
- 労使協定の締結
- 行政官庁への届出
として進めることになります。専門業務型は、法令で定められた20業種に限定されます。しかし、業種名だけでなく、実際の業務内容が裁量性の高いものであるかを精査することが重要です。例えば、「デザイナー」という職種でも、上司の指示に従って単純作業を行う場合は適用できません。
下記画像をクリックいただけると厚生労働省が公表しているリーフレットがご確認いただけます。注意点等の解説がありますので、併せてご一読ください。
企画業務型裁量労働制
企画業務型は、主に本社機能を担う部門の従業員に適用される制度です。
適用対象となる主な業務は、下記4つの要件を満たす必要があります。
- 業務が所属する事業場の事業の運営に関するものであること(例えば対象事業場の属する企業等に係る事業の運営に影響を及ぼすもの、事業場独自の事業戦略に関するものなど)
- 企画、立案、調査及び分析の業務であること
- 業務遂行の方法を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要があると、業務の性質に照らして客観的に判断される業務であること
- 業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し、使用者が具体的な指示をしないこととする業務であること
導入手順としては
- 対象労働者の範囲の明確化
- 労使委員会の設置と決議
- 行政官庁への届出
- 対象労働者の個別同意
この手順となります。
実務上の注意点として、健康管理措置の強化も義務付けられるため、導入を検討する企業は早めの準備が必要です。裁量労働制の運用では、労働時間の把握と健康管理が重要です。みなし労働時間を超えて働いた場合でも割増賃金は発生しませんが、長時間労働による健康被害を防ぐため、実際の労働時間の把握と適切な措置が求められます。
みなし労働時間制のメリット
みなし労働時間制は企業と従業員の双方にメリットをもたらす「Win-Win制度」として考えることも可能です。ただし、その効果を最大限に引き出すには、制度の特性を正確に理解した運用が不可欠です。労務管理の専門家として、実際の導入事例や裁判例を踏まえ、具体的なメリットとその発揮条件を解説します。
企業側のメリット
みなし労働時間制を導入する企業側のメリットとしては、
- 労務管理コストの削減効果
- 2. 生産性向上メカニズム
上記2つが考えられます。
労務管理コストの削減効果
まず、時間管理が簡素化できる点は、メリットの一つでしょう。外勤している従業員に逐一情報を求め、管理することは煩雑さがあります。
また、1日の労働時間を所定時間内にみなしておくと、残業代の計算が不要となります。また、固定残業代と組み合わせるとリスクヘッジにもなるでしょう。
生産性向上
時間ではなくアウトプットで評価する体制構築ができるため、生産性を高める風土につながります。
長時間勤務ではなく成果重視な環境ができると、生活残業やダラダラと勤務することの抑制にもなると考えられます。
従業員側のメリット
従業員側のメリットとしては、ワークスタイルの最適化が挙げられます。
日々の労働時間は何時間勤務したとしても「一定の時間にみなされる」ため、効率よく仕事を進めて早く勤務を終えることも問題ありません。
働く時間を調整できることは大きなポイントといえます。
みなし労働時間制のデメリット
みなし労働時間制は多くのメリットがある一方で、適切に運用しないと企業と従業員の双方に深刻な問題を引き起こす可能性があります。
ここでは実際の導入事例や裁判例を踏まえ、みなし労働時間制のデメリットとその対策について詳しく解説します。これらの潜在的なリスクを理解し、適切な対策を講じることで、制度の効果を最大限に引き出すことができます。
企業側のデメリット
みなし労働時間制を導入する企業側のデメリットとしては、
- 労働時間管理の複雑化
- コンプライアンスリスクの増大
上記が考えられます。
労働時間管理の複雑化
みなし労働時間制を導入すると、一見労働時間管理が簡素化されるように思えますが、実際には以下のような課題が生じる可能性があります。
- 実労働時間の把握困難: 労働基準法上、実労働時間の把握義務は免除されませんが、正確な把握が難しくなります。
- 過重労働のリスク: 実際の労働時間が見えにくくなることで、長時間労働を見逃す可能性が高まります。
実際にある IT 企業では、みなし労働時間制導入後、従業員の 30% が月 80 時間以上の残業をしていたことが発覚し、労働基準監督署から指導対象となったケースがあります。)
コンプライアンスリスクの増大
みなし労働時間制の不適切な運用は、法的リスクを高める可能性がある点も忘れてはなりません。
- 労働基準監督署の調査リスク: 制度の適用要件を満たしていない場合、是正勧告や罰則の対象となります。
- 従業員からの訴訟リスク: 実労働時間とみなし時間の乖離が大きい場合、未払い残業代請求訴訟のリスクがあります。
トラブル防止のために、定期的な制度適用要件の見直し(年 1 回以上)を行いましょう。
従業員側のデメリット
みなし労働時間制を導入する従業員側のデメリットとしては、
- 長時間労働のリスク
- 健康リスクの増大
が挙げられます。
長時間労働のリスク
みなし労働時間制では、以下のような理由で長時間労働に陥りやすくなります。
- 自己管理の難しさ: 時間管理の責任が従業員に委ねられるため、オーバーワークしやすくなります。
- 残業代の不払い: みなし時間を超えて働いても、追加の残業代が支払われないケースが多いです。
みなし労働時間制を導入している企業で、従業員の40% が、月60 時間以上の残業してしまい、生産性を見直しされている事例もありますので、ご注意ください。
健康リスクの増大
長時間労働や不規則な労働時間により、以下のような健康リスクが高まる可能性があります。
- メンタルヘルス悪化: 過重労働によるストレス増加
- 身体的健康問題: 睡眠不足、生活習慣病のリスク増加
特に、これらの問題が起きてしまうと組織風土にもマイナスな影響を及ぼします。定期的な健康診断の受診と結果のフォローアップ欠かせないでしょう。
まとめ:みなし労働時間制の効果的な活用に向けて
みなし労働時間制は、適切に運用すれば企業と従業員の双方にメリットをもたらす制度です。しかし、その特殊性ゆえに、常に最新の法改正や社会情勢を踏まえた見直しが必要です。
また、みなし労働時間制は「働き方改革」の一環として捉えるべきです。単に労働時間管理を簡素化するツールではなく、従業員の自律性を高め、創造的な仕事を促進するための制度として位置付けて、制度の導入・見直しされることをオススメいたします。
この記事の執筆者

- 社会保険労務士法人ステディ 代表社員
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