2024年の労務管理のトレンドとして、企業が直面する最大の課題の一つが「年収の壁」ではないでしょうか。
弊社でも関与先の経営者や人事労務担当者の方から
- 年収の壁について従業員から質問を受けたが、説明ができず困っている
- 年収の壁のために会社がすべきことを知りたい
といったご相談をいただく機会が非常に増えています。
今回の記事では、年収の壁が企業運営に及ぼす影響を詳細に解析し、効果的な対応策を提供します。
社会保険の加入義務から助成金の活用、人事戦略の調整まで、企業が年収の壁を乗り越え、従業員のモチベーションを高めるための実践的なアドバイスをいたします。
中小企業、大企業問わず「年収の壁」は対応が求められますので、ぜひ今後の方針として参考にいただけますと幸いです。
年収の壁の基本を理解する
年収の壁は、労務管理において重要なテーマです。
特に、パートタイムやアルバイトの労働者にとって、年収が一定のラインを超えると、社会保険の加入義務が生じたり、税負担が増加したりするため、手取り収入が減少する可能性があります。
まずは「年収の壁」がどのようなものなのか、企業にどのような影響が出ているのか基本的な事項を確認していきましょう。
年収の壁とは何か?企業にとっての意味
年収の壁とは、年収が特定の金額を超えることで、従業員が社会保険に加入する必要が生じたり、税負担が増加したりする現象を指します。
これにより、従業員の手取り収入が減少する可能性があります。企業にとっては、年収の壁を超える従業員の増加が人件費の増加につながるため、人事戦略や給与体系の見直しを迫られることがあります。
年収の壁が生じる背景とその影響
年収の壁が生じる背景には、社会保険制度が大きく関係しています。
特定の年収ラインを超えると、従業員は社会保険の加入が義務付けられ、健康保険や厚生年金保険の保険料が発生します。家族の扶養に入ると健康保険や厚生年金の保険料は必要ありませんが、ご自身の分まで負担が必要になると給与の手取り金額は減少してしまいます。
そのため特定の年収ラインとして「106万円」と「130万円」が年収の壁と呼ばれているのです。
これらの年収の壁がどのような影響になっているのか、次のとおりです。
年収の壁「106万円」とは
「106万」の年収の壁とは、アルバイトやパートの勤務先企業の規模や、月収・勤務時間によっては自分で勤務先の社会保険(健康保険および厚生年金保険)加入が必要となるものです。
対象となる要件は
- 賃金が月額8.8万円以上(年収換算で約106万円以上)
- 事業所の従業員数が101人以上
- 週の労働時間が20時間以上
- 学生ではない
これらを満たすかどうかで判断されます。
今まで家族の扶養に入れている方が、要件を満たすことで社会保険に加入義務が発生し、健康保険料や厚生年金保険料の負担しなければならず、
これにより手取り金額が減ってしまうため「106万円」は年収の壁として認識されているのです。
年収の壁「130万円」とは
次に「130万円」の年収の壁とは、勤め先の企業に関わらずすべての方が注意しなければなりません。
一般的に正社員は、勤務先の会社で社会保険に加入することになり、その家族は要件を満たすことで「被扶養者」となることで健康保険料や厚生年金保険料の負担なく社会保険へ加入することができます。
この「被扶養者」の対象については
- 年収が一定以下
- 同一の生計であること
といった条件があるのですが、被扶養者になろうとする方の年収が130万円を超えてしまうと扶養に入ることができないのです。
これは「106万」の壁に該当しなかった方も対応が必要になるため特に注意しなければなりません。
パートやアルバイトの方が対象になりますが、社会保険に加入するかどうかは、雇用契約上の勤務日数や労働時間によって判断されます。
もし、パート先の社会保険に加入しない場合は、国民健康保険と国民年金に加入することになります。
年収の壁の最新動向と企業への影響
年収の壁は、労務管理における重要な問題であり、2023年にはこの問題に対する新たな動きが見られました。
これらの変更は、企業の人事戦略や従業員の働き方に大きな影響を与えるため、最新の動向を理解し、適切に対応することが重要です。
現在、年収の壁に対するアクションとして
- 【106万円の壁】社会保険適用時処遇改善コース
- 【130万円の壁】勤務先の証明書を配偶者の健康保険組合に提出すれば「扶養のまま」でいられる
上記2つが施策として動いていますので、確認してみましょう。
【106万円の壁】社会保険適用時処遇改善コース
パート・アルバイトとして働く人が、新たに社会保険に加入しても手取り収入を減らさないで済むように、手当の支給、賃上げ、労働時間の延長などの取り組みを行う企業に対して、国が従業員一人当たり最大50万円の助成金を支払う制度です。
この助成金は下記のように3つのメニューが用意されています。
- 手当等支給メニュー
- パートやアルバイトで働く従業員が、年収の壁を超えて新たに社会保険に加入した場合に発生する保険料の負担を軽くするための手当として「社会保険適用促進手当」などを支給することで助成金の対象となります。
- 1年目、2年目は、従業員に賃金の15%以上の手当を支給すること、3年目は賃金額を18%以上増やすことが要件になります。
- 労働時間延長メニュー
- 労働時間を延長することで年収の壁を超え、新たに社会保険に加入した場合に助成金の対象となります。
- ただし延長した時間が週4時間未満の場合、労働時間の延長に加えて賃金を5~15%以上増やすことが求められます。
- 併用メニュー
- 1と2の併用するメニューで、1年目は新たに社会保険に加入した従業員に「社会保険適用促進手当」を支払うことで負担を軽減し、2年目では労働時間および賃金を増やすことが助成金の要件になります。
【106万円の壁】に対する企業への影響
まずは「106万円の壁」に該当する可能性のある従業員と協議し、本人の意向を伺いましょう。会社としても優秀な従業員についてはより長時間働いてもらえるメリットもあります。
会社、従業員双方で社会保険への加入する方針になった場合は「社会保険適用時処遇改善コース」の助成金は活用しましょう。
助成金を活用することで人件費の負担を軽減することができ、特に中小企業にとっては大きな経済的支援となります。また、助成金を活用して従業員の給与体系を改善することで、従業員のモチベーションを高め、企業へのロイヤリティ向上も期待ができます。
【130万円の壁】勤務先の証明書を配偶者の健康保険組合に提出すれば「扶養のまま」でいられる
パートやアルバイト勤務の方が、勤務先の繁忙期に労働時間・労働日を増やして年収が130万円を超えてしまった場合も、会社側が「一時的な収入増加」を証明することで、引き継ぎ扶養に入ったままでいられる制度となります。
ただし、職場の人手不足に対応するための働く時間を増やす等の「一時的な収入変動」が要件となっています。そのため
- 当該事業所の他の従業員が休職・退職したことにより、当該労働者の業務量が増加したケース
- 当該事業所における業務の受注が好調だったことにより、当該事業所全体の業務量が増加したケース
- 突発的な大口案件により、当該事業所全体の業務量が増加したケース
などが想定されています。
一方で、昇給(基本給の増額や、諸手当が新しく支給される等)や、労働契約における所定労働時間・日数が増加した場合など、今後も引き続き収入が増えることが確実な場合においては、一時的な収入増加には該当しないため注意が必要です。
【130万円の壁】に対する企業への影響
被扶養者(パートやアルバイト)の方について、新たに被扶養者の認定を受ける際、又は健康保険組合等の保険者が被扶養者の資格確認を行う際に、年間収入が確認されることになります。
このときに、被扶養者を雇う事業主は「一時的な収入変動である旨の事業主の証明」を作成し、被保険者の方が勤務している会社を通じて各保険者に対して、通常提出が求められる書類と併せて、事業主の証明を提出することになります。
このため、各保険者の被扶養者の収入確認のタイミングに合わせて、被扶養者の方から「一時的な収入変動である旨の証明書」の発行を依頼され、対応が求められます。
企業が取るべきアクション
政府は、年収の壁に関連する問題に対処するため、助成金の拡充や継続して扶養に入られる制度整備など対策を講じています。
従業員を一人でも雇用する会社は「年収の壁」に関わる可能性がありますので、政府の施策についてアンテナを立てておく必要があります。
助成金に関しては、特に非正規雇用の従業員が多い中小企業を対象に、社会保険料の負担軽減や従業員の給与体系の改善を支援するためのものが提供されています。これにより、企業は人件費の増加に対処しやすくなるとともに、従業員の福利厚生の向上にも寄与できます。
また、社会保険の適用範囲の見直しにより、より多くの従業員が社会保険の恩恵を受けられるようになります。例えば今までパートやアルバイトの方が社会保険に加入することで
- 将来受け取れる年金額が増える
- 病気や怪我をして働けないときに傷病手当金を受給できる
こういったメリットがあります。確かに給与の手取り金額は保険料分減ってしまいますが、社会保障を受けられる点は大きいと言えます。
そのため従業員の方にしっかりと説明し、相互に年収の壁を理解した上で今後の働き方を検討する必要があります。
政府の対策は、企業にとっては人件費の管理や従業員の福利厚生の改善において新たな機会を提供します。しかし、同時に、社会保険の加入基準の変更や税制の変更に伴う課題に対応するための戦略的な人事管理が求められることになります。
企業の人事戦略と年収の壁
年収の壁は、企業の人事戦略において重要な要素です。
「106万円」「130万円」それぞれの壁の存在が従業員の働き方やモチベーションに与える影響は大きく、企業の人事担当者はこれを適切に管理し、従業員ごとに対応しなければなりません。
年収の壁を考慮した人事・労務管理は、従業員の満足度を高め、企業の生産性と競争力を向上させるための鍵といえるでしょう。
年収の壁を考慮した人材活用戦略の重要性
年収の壁を考慮した人材活用として、従業員が自身のキャリアと収入のバランスを最適化できるようにするために不可欠です。
特に、非正規雇用の従業員が多い企業では、年収の壁が従業員の勤務時間や働き方に大きな影響を与える可能性があります。企業は、従業員が年収の壁を意識せずに働けるような給与体系や勤務形態を設計することで、従業員のモチベーションを維持し、生産性を向上させることができます。
そのため「キャリアアップ助成金(社会保険適用時処遇改善コース)」を活用しながら、従業員の給与アップの取り組みは方針の一つとして検討しましょう。
また、優秀な人材であれば「非正規雇用から、正規雇用への転換」も手段としてあります。政府は非正規の処遇向上を目的に「キャリアアップ助成金(正社員化コース)」を令和5年10月より制度拡充しております。
こういった制度を活用しながら、非正規雇用の方の環境整備・働くモチベーションに繋がる組織づくりを推進していきましょう。
労働者のモチベーションと年収の壁
年収の壁は、従業員のモチベーションに直接的な影響を与えます。
従業員が年収の壁を意識することで、仕事に対する意欲や満足度が低下することに繋がります。特に、年収が増加しても手取り収入が減少すると感じる場合、従業員の働き方や企業へのロイヤリティに悪影響を及ぼすことがあります。
企業は、従業員が年収の壁に直面した際に、適切なサポートと情報提供を行うことで、モチベーションの低下を防ぐことができます。
給与体系の透明性の確保や、年収の壁への個々人の考えのヒアリング、従業員の懸念に対する個別の対応などが含まれます。また、従業員が自身のキャリアと収入のバランスを最適化できるように支援することで、従業員の満足度と企業の生産性を同時に向上させることができます。
まとめ
「年収の壁」は人材活用・労務管理の観点で重要なテーマの一つです。また、従業員自身のモチベーション・勤続意欲にも関わってきますので、企業として対応方法は検討されることをオススメいたします。
一方で複雑なテーマでもありますので、まだまだ解決すべき課題や明確にすべき疑問点もあるのではないでしょうか。特に
「年収の壁をどのように乗り越えればいいのか?」
「助成金の申請条件や活用方法についてもっと知りたい」
「企業の人事戦略をどのように調整すれば効果的か?」
こういったお悩みが少しでもありましたら、お気軽にご相談くださいませ。貴社が取るべき最適なアクションを一緒に考え、ご提案させていただきます。
この記事の執筆者
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