限られた人員で経理・総務・人事を兼務し、労務管理にまで手が回らない。
そうした状況は、多くの中小企業に共通する悩みです。労務管理の課題を放置すると、未払い残業代の発生や助成金の不支給、労働基準監督署からの指導など、経営に直結するリスクにつながります。
本記事では、中小企業が直面しやすい労務管理の課題を5つに整理し、それぞれの具体的なリスクと解決の進め方を解説します。
労務管理とは何か、なぜ課題になりやすいのか
労務管理とは、労働時間の管理、給与計算、社会保険の手続き、就業規則の整備など、社員の労働条件に関わる業務全般を指します。
業務範囲が幅広いうえ、法改正への対応が常に求められるため、専任の担当者を置けない企業ほど課題が積み重なりやすい領域です。
まずは労務管理が担う業務の範囲と、中小企業で特に課題が深刻化しやすい理由を見てみましょう。
労務管理が担う業務範囲
労務管理には、日々の勤怠管理から、入退社の手続き、賃金計算、就業規則の運用まで、多岐にわたる業務が含まれます。
人事管理(採用・配置・評価)と混同されがちですが、労務管理はより「法令遵守」の側面が強い業務といえます。
たとえば、毎月の残業時間の集計と割増賃金の計算、年次有給休暇の取得状況の管理、社会保険・雇用保険の資格取得や喪失の手続き、就業規則や36協定の届出などが代表的な業務です。
これらは一つでも対応が漏れると、法令違反につながる可能性がある点で、他の管理業務とは性質が異なります。
中小企業で労務管理の課題が深刻化しやすい理由
同じ業務量であっても、中小企業では労務管理の課題がより深刻な形で表面化しやすい傾向にあります。背景には、体制面での構造的な事情があります。
たとえば、総務担当者が1人しかおらず、給与計算から社会保険手続き、勤怠管理までを兼務しているケースは珍しくありません。
担当者が急に休職・退職した場合、給与の支払いが遅れる、手続きが滞るといった事態に直結します。また、経営者自身が労務管理を兼務している企業では、法改正の情報収集にまで手が回らず、対応が後手に回りがちです。
中小企業が直面しやすい労務管理の課題5つ
労務管理の課題は多岐にわたりますが、相談の現場でよく見られるものはある程度共通していると考えており、次のように5つの課題と、放置した場合の主なリスクがあると思います。
| 課題 | 具体的な内容 | 放置した場合の主なリスク |
|---|---|---|
| 長時間労働・残業管理 | 36協定の上限規制、隠れ残業の把握不足 | 未払い残業代、是正勧告 |
| 有給休暇の取得管理 | 年5日取得義務への対応漏れ | 罰則(30万円以下の罰金) |
| 同一労働同一賃金 | 正社員と非正規社員の待遇差 | 行政指導、損害賠償請求 |
| 属人化・アナログ管理 | 担当者1人体制、Excel・紙での管理 | 手続き遅延、計算ミス |
| 相次ぐ法改正への対応 | 育児・介護休業法など頻繁な改正 | 制度の未整備、助成金の不支給 |
長時間労働・残業管理の課題
長時間労働の是正は、労務管理の中でも特に相談が多いテーマです。制度上のルールと、実務での見落としの両面に課題があります。
36協定の上限規制と実務上の壁
時間外労働には、36協定を締結したうえでも上限があります。上限を超えた場合、罰則の対象になる可能性があります。
36協定における時間外労働の上限は、原則として月45時間・年360時間です。臨時的な特別の事情がある場合の特別条項付き協定を締結していても、年720時間以内、複数月平均80時間以内、単月100時間未満(休日労働を含む)といった上限が設けられています。
繁忙期の業務量に対して人員体制が追いついていない企業では、この上限に近づいている、あるいは超えてしまっているケースも見られます。
見過ごされやすい「隠れ残業」
上限規制以前に、そもそも残業時間を正確に把握できていないケースも少なくありません。
たとえば、始業前の朝礼や準備作業、終業後の片付け、社内での自己啓発を名目にした残業などが、勤怠システム上は記録されない「隠れ残業」になっている例があります。
持ち帰り仕事や、休憩時間中の電話対応なども同様です。こうした時間は、労働基準監督署の調査や退職者からの請求の際に、実際の労働時間として認定される可能性があり、想定外の未払い残業代につながるリスクがあります。
有給休暇の取得管理という課題
有給休暇の取得管理は、対応漏れが罰則に直結する点で、特に注意が必要な課題です。
年5日取得義務への対応状況
年10日以上の有給休暇が付与される社員には、年5日以上を取得させる義務があります。この義務は、企業の規模を問わず適用されます。
対象となる社員ごとに、基準日から1年以内に5日取得できているかを管理する必要があり、部署や個人によって基準日が異なる場合は管理が煩雑になりがちです。
特に、シフト制の勤務や、繁忙期に休暇取得を控える職場文化が根強い企業では、取得日数が5日に届かない社員が発生しやすい傾向にあります。
未達成のまま放置した場合のリスク
年5日の取得義務を満たせなかった場合、企業には法的なリスクが生じます。
未取得の社員が1人でもいれば、対象労働者1人につき30万円以下の罰金の対象になり得ます。対象者が複数人いる場合、労働基準監督署の是正勧告を受けた際に、対象人数分の是正が求められることもあります。
取得管理を年に一度まとめて確認するのではなく、基準日ごとに進捗を追える仕組みを整えておくことが望ましいといえます。
同一労働同一賃金・待遇差の課題
正社員と、パート・契約社員などの非正規社員との間の待遇差も、労務管理上の重要な課題です。
正社員と非正規社員の待遇差で問われるポイント
同一労働同一賃金のルールでは、基本給や賞与、各種手当、福利厚生などについて、不合理な待遇差を設けることが禁止されています。
たとえば、正社員には支給している通勤手当や皆勤手当を、業務内容がほぼ同じパート社員には支給していない、といったケースが問題になりやすい典型例と言えるでしょう。
職務内容や責任の程度、配置転換の範囲に実質的な違いがなければ、待遇差の合理的な説明が難しくなります。
説明義務を果たせないリスク
非正規社員から待遇差の理由について説明を求められた場合、会社には説明義務があります。
説明を求められたにもかかわらず十分に答えられない状態が続くと、労働局からの助言・指導の対象になる可能性があります。
さらに、待遇差が不合理と判断された場合には、差額分の損害賠償を請求される事例も報告されています。手当ごとに支給の趣旨を整理し、説明できる状態にしておくことが実務上の備えになります。
労務管理の属人化・アナログ管理という課題
制度面のルールとは別に、管理体制そのものが課題になっているケースも多く見られます。
「担当者が1人しかいない」中小企業特有の事情
従業員数が数十人規模までの企業では、労務管理を専任で担う担当者が1人、あるいは経営者自身が兼務しているケースが少なくありません。
この体制では、担当者の急な休職や退職が、そのまま給与計算の遅延や手続きの停止に直結します。実際に、担当者の退職後、後任への引き継ぎが不十分なまま社会保険の手続きが数か月滞っていた、といった相談も寄せられます。
属人化した体制は、平常時は問題が表面化しにくい分、いざというときの影響が大きい点に注意が必要です。
Excel・紙管理が引き起こすミス
勤怠や給与の管理を、Excelや紙の台帳で行っている企業も一定数残っています。
手作業での集計は、入力ミスや転記漏れが起こりやすく、残業代の計算違いや社会保険料の誤徴収につながることがあります。
従業員数が増えるほどミスの発生率も上がる傾向にあり、月末の給与計算に担当者が長時間を費やしているという声も少なくありません。クラウド型の勤怠・給与システムを導入することで、こうしたミスの多くは防げると考えられます。
相次ぐ法改正への対応という課題
労働関連の法改正は近年頻繁に行われており、情報収集と社内制度への反映が追いつかないという課題も見られます。
育児・介護休業法など近年の改正への対応状況
育児・介護休業法は近年改正が重ねられており、企業には新しい制度への対応が求められています。
たとえば、柔軟な働き方を実現するための措置(始業時刻の変更やテレワークの活用など)を選択して講じることが求められる改正が行われており、対象となる社員の範囲や、就業規則への規定の反映が必要になります。
改正のたびに就業規則や社内規程を更新できていない企業では、制度が形骸化してしまうケースもあります。
今後の法改正への向き合い方
2026年についても、労働基準法の見直しが議論の俎上に載っており、今後の動向によっては対応が必要になる可能性があります。
審議の状況によって内容や施行時期が変わる可能性があるため、断定的な情報に基づいて先走った対応をするよりも、最新の動向を継続的に確認できる体制を整えておくことが重要です。
顧問の社会保険労務士など、法改正の情報を継続的に提供してくれる専門家と連携しておくと、改正のたびに自社で一から情報収集する負担を軽減できます。
労務管理の課題は、専門家との継続的な連携で解決に近づきます
ここまで、長時間労働・残業管理、有給休暇の取得管理、同一労働同一賃金、属人化・アナログ管理、相次ぐ法改正への対応という5つの課題を解説してきました。いずれの課題も、担当者の知識や経験だけで完璧に対応し続けることは容易ではありません。
自社がどの課題を優先的に解決すべきかは、業種や従業員構成、これまでの管理体制によって異なります。まずは現状の労務管理を棚卸しし、リスクの大きい部分から着手することが、限られたリソースを有効に使ううえで欠かせません。
社会保険労務士法人ステディでは、労務管理の現状診断から、就業規則の整備、勤怠・給与管理体制の見直し、法改正への継続的な対応まで、経営者の皆さまに寄り添ってサポートしています。「自社の労務管理に不安がある」と感じた際は、問題が深刻化する前に、ぜひ一度ご相談ください。
この記事の執筆者

- 社会保険労務士法人ステディ 代表社員
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