従業員に残業を強要することはできる?適法・違法のラインを社労士が解説

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「従業員に残業を強要することはできるのか?」そんなお悩みを抱えている経営者や人事労務担当者の方も少なくないのではないでしょうか。

会社には一定の条件のもとで残業を命じる権限が認められており、残業の指示そのものが直ちに違法にはなりませんが、条件を満たさないまま命じたり、命じ方が行き過ぎていたりするケースには注意が必要です。

今回のコラム記事では、残業の基本的な区分と、会社が残業を命じられる根拠をお伝えいたしますので、ぜひご参考ください。

残業の定義:「法定内残業」と「法定外残業」

ひと口に残業といっても、法律をベースに考えると2つの種類に分けることができます。従業員に命じたい「残業」がどちらにあたるかによって、会社に求められる手続きや賃金の扱いが変わる点をまずは押さえておきましょう。

労働基準法第32条では、労働時間の上限を原則として1日8時間・1週40時間と定めており、これを「法定労働時間」と呼びます。

一方、会社が就業規則などで定める勤務時間は「所定労働時間」にあたり、法定労働時間の範囲内であれば自由に設定できる仕組みです。たとえば所定労働時間が1日7時間の会社で1時間残業した場合、その1時間は法定労働時間の枠内に収まっています。両者の違いを整理すると、次の表のとおりです。

区分内容36協定割増賃金
法定内残業所定労働時間を超え、法定労働時間(1日8時間・週40時間)以内の労働不要法律上は不要
(ただし、通常の賃金の支払いは必要)
法定外残業法定労働時間を超える労働必要25%以上
(月60時間を超える部分は50%以上)

「残業の強要」が法的に大きな問題となるのは、主に法定外残業の場面ではないでしょうか。自社内で36協定を結ばずに法定労働時間を超えて働かせると、それだけで労働基準法違反に該当します。

なお、法定内残業であっても、就業規則や雇用契約書に根拠がなければ命令はできないと考えられます。自社の所定労働時間と法定労働時間の関係を正確に把握しておくことが、適切な残業管理の出発点といえるでしょう。

会社が残業を命じられる法的な根拠

会社が残業を命じられるかどうかについては、最高裁判所の判例が判断の基準を示しています。経営者として押さえておきたい基本的な考え方を見ていきます。

リーディングケースとされるのが、日立製作所武蔵工場事件(最高裁平成3年11月28日判決)です。

この判決では、36協定を締結して労働基準監督署に届け出たうえで、就業規則に「業務上の必要があれば時間外労働を命じることがある」旨を定めていれば、その内容が合理的である限り、従業員は残業命令に従う義務を負うと判断されました。

ここでの注意点としては、会社の残業命令権は無条件に認められるものではないということです。

36協定・就業規則という「手続き上の根拠」と、命令内容の「合理性」がそろって初めて、従業員に残業を義務づけられると理解しなければなりません。

いずれかが欠けた状態で残業を迫れば、従業員が拒否しても正当と評価される余地が大きくなるでしょう。

「適法な残業命令」と「違法な強要」の境界線

適法な残業命令と違法な強要の違いは、「根拠」と「命じ方」の2つの観点から整理できます。現場で起こりがちな場面を例に考えてみましょう。

よくご相談いただく内容をもとに、架空の事例ベースで紹介いたします。()

従業員30名ほどの製造業A社では、繁忙期になると課長が「今日も全員21時まで残るように」と口頭で指示するのが慣例となっていました。36協定は以前に締結していたものの、有効期間が切れたまま更新されていなかったことが後に判明しています。さらに、子どもの迎えを理由に帰宅を申し出た社員に対し、課長が「評価に響くぞ」と発言していました。

このケースは、手続き上の根拠が欠けている点と、命じ方が威圧的である点の両方に問題を抱えており、違法な強要と評価されるおそれが高い状態にあたります。

自社の残業指示が適法な範囲に収まっているかは、次の観点で確認するとよいでしょう。

  • 有効期間内の36協定を締結し、労働基準監督署へ届け出ているか
  • 就業規則や雇用契約書に、残業を命じる旨の規定があるか
  • 残業の必要性が具体的にあり、時間数が上限規制の範囲内か
  • 従業員の事情を聞かずに、不利益をちらつかせて従わせていないか

1つでも満たせていない項目があれば、その残業指示は「強要」と受け取られるリスクを抱えていると整理できます。とくに36協定の更新漏れは、経営者が気づかないまま放置されやすいポイントではないでしょうか。

会社が残業を命じるために必要な3つの要件

前段で触れたとおり、会社が従業員に残業を義務づけるには、一定の要件を満たしている必要があります。

要件は大きく「36協定の締結と届出」「就業規則などへの規定」「業務上の必要性と合理性」の3つに分けられます。

どれか1つでも欠けると、残業命令の有効性が揺らぐ点に注意が必要です。それぞれの要件で押さえておきたい実務上のポイントを順に確認します。

36協定の締結と労働基準監督署への届出

法定労働時間を超えて働かせるための出発点となるのが、労働基準法第36条に基づく「36(サブロク)協定」です。これは締結するだけでは足りず、労働基準監督署への届出まで済ませて初めて効力が生じます。

36協定は、会社と「労働者の過半数で組織する労働組合」、そのような労働組合がない場合は「労働者の過半数を代表する者」との間で結びます。

過半数代表者は、管理監督者ではない従業員の中から、投票や挙手など民主的な方法で選ばなければなりません。会社が一方的に指名した人や、親睦会の代表者が自動的に署名した協定は無効と判断されるおそれがあります。

実際に、親睦団体の代表者が締結した36協定の効力が否定され、残業命令に従わなかった社員の解雇が無効とされた裁判例(トーコロ事件)があります。

協定に定める主な事項は、次の表のとおりです。

定める事項内容のポイント
対象となる業務・
労働者数
残業が必要な業務の種類と、その業務に従事する人数を具体的に記載する
延長できる時間1日・1か月・1年それぞれについて、法定労働時間を超えて働かせられる時間数を定める
休日労働法定休日に労働させる日数と、始業・終業の時刻を定める
有効期間期間を定める必要があり、1年とするのが一般的
特別条項臨時的な事情で上限を超える場合に限り、その理由や手続きを定める

36協定は事業場ごとに締結・届出する必要があるため、本社とは別に支店や工場がある場合は、拠点ごとに手続きが求められます。また、締結した協定は従業員に周知しなければなりません。有効期間の満了とともに効力が切れるため、毎年の更新時期を管理しておくことが欠かせないといえます。

就業規則・雇用契約書への残業規定

36協定は、法定労働時間を超えて働かせても罰則を受けないための手続きにすぎません。従業員に残業を「義務づける」には、別途、労働契約上の根拠が必要になります。

常時10人以上の従業員を雇用する事業場では、就業規則の作成と労働基準監督署への届出が義務づけられています。就業規則には「業務上の必要がある場合は、所定労働時間を超えて労働を命じることがある」といった規定を設け、あわせて従業員に周知しておくことが求められます。周知されていない就業規則は、労働契約の内容として効力が認められない可能性がある点にも気をつけたいところです。

一方、従業員が10人未満で就業規則を作成していない会社では、雇用契約書や労働条件通知書に残業の有無を明記しておく必要があります。

業務上の必要性と命令の合理性

36協定と就業規則が整っていても、どのような残業命令でも許されるわけではありません。最後の要件として、個々の命令に業務上の必要性と合理性があるかが問われます。

労働契約法第3条第5項は、権利の濫用を禁じています。業務上の必要がないのに残業を命じたり、特定の社員だけに負担を集中させたりすると、権利の濫用として命令が無効になる可能性があります。必要性と合理性を判断する際には、主に次の事情が考慮されると整理できます。

  • 残業しなければならない業務が、実際に存在するか
  • 残業時間の長さや頻度が、業務量に見合っているか
  • 従業員の体調や家庭の事情に配慮しているか
  • 前日までに伝えるなど、指示のタイミングが適切か

たとえば、終業直前に「今日は全員残って」と伝え、理由も説明しないまま長時間の残業を命じる運用は、合理性を欠くと判断されやすいといえます。3つの要件は、そろっていて当然という意識で定期的に点検しておきたいものです。書類上の手続きだけでなく、日々の指示の出し方まで含めて見直す必要があるのではないでしょうか。

残業の強要が違法になる4つのケース

残業命令の要件を理解したうえで、次に確認したいのが「どのような場合に違法となるのか」という具体的な線引きです。違法となるケースは、手続きの不備、時間の超過、賃金の未払い、命令の目的、命じ方の5つに大きく分けられます。自社の運用と照らし合わせながら読み進めてみてください。

36協定を締結・届出していない

最も基本的でありながら、中小企業で見落とされやすいのがこのケースです。36協定がない状態では、1分でも法定労働時間を超えて働かせることは認められません。

36協定を締結・届出しないまま法定労働時間を超えて働かせると、労働基準法第32条違反となります。罰則は「6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金」と定められています。協定の有効期間が切れていた場合や、過半数代表者の選出方法に問題があって協定が無効とされた場合も、同じく協定がない状態として扱われる点に注意が必要です。

時間外労働の上限規制を超えている

36協定を届け出ていても、残業させられる時間には法律上の上限があります。

2019年4月(中小企業は2020年4月)から罰則付きの上限規制が導入され、2024年4月からは建設業や自動車運転業務などにも適用が広がっていますので、中小企業でも必ず対応が必須です。

原則の上限(月45時間・年360時間)

36協定で定められる時間外労働の上限は、原則として月45時間・年360時間です。

臨時的な特別の事情がない限り、この時間を超えて残業させることはできません。「繁忙期だから」という理由だけでは、特別な事情とは認められにくいと考えられます。

特別条項付きの協定でも守るべき上限

予測できない業務量の増加など、臨時的な事情がある場合は、特別条項を設けることで原則の上限を超えられます。ただし、特別条項を設けても無制限に残業させられるわけではなく、次の上限を守る必要があります。

項目上限
時間外労働(年間)720時間以内
時間外労働+休日労働(単月)100時間未満
時間外労働+休日労働(2〜6か月の平均)すべての期間で月80時間以内
月45時間を超えられる回数年6か月まで

とくに見落とされやすいのが、休日労働を含めて計算する「単月100時間未満」と「複数月平均80時間以内」の2つでしょう。いずれも1回でも超えれば違法となり、「6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金」の対象になります。

残業代(割増賃金)を支払っていない

「サービス残業」を求めることは、それ自体が違法な強要にあたるといえ、また残業を命じた以上、会社には労働基準法第37条に基づく割増賃金の支払い義務があります。

割増率は、時間外労働が25%以上(月60時間を超える部分は50%以上)、法定休日労働が35%以上、深夜労働が25%以上です。未払いの残業代は、現在は過去3年分までさかのぼって請求される可能性があり、裁判になれば未払い額と同額の「付加金」の支払いを命じられることもあります。

業務上の必要性がない、または嫌がらせが目的である

手続きが整っていても、命令の目的が不当であれば違法と評価されます。

特定の社員だけに意味のない作業を命じて居残りさせる、退職に追い込む目的で長時間の残業を繰り返させるといった行為は、権利の濫用にあたります。

こうした命令は無効となるだけでなく、パワハラとして会社の責任が問われる可能性もあるでしょう。

従業員が残業を拒否できる「正当な理由」

要件をすべて満たした適法な残業命令であっても、従業員の側に正当な理由があれば、拒否が認められる場合があります。なかには法律で残業させること自体が禁じられているケースもあり、会社が知らずに命じると違法になりかねません。ここでは、会社として把握しておくべき代表的な理由を取り上げます。

体調不良・健康上の理由

体調不良は、残業を断る理由として最も多いものの1つです。会社には従業員の健康に配慮する法的な義務があるため、軽く扱うことはできません。

労働契約法第5条は、会社に対して従業員の生命や身体の安全に配慮する「安全配慮義務」を課しています。発熱や持病の悪化、医師から就業制限の指示を受けている場合などに残業を強いると、この義務に違反するおそれがあります。体調を理由とする申し出があった場合は、症状や通院状況を確認し、必要に応じて業務の分担を見直すことが求められます。

妊娠中・産後1年未満の従業員からの請求

妊娠中の女性と産後1年を経過しない女性(妊産婦)については、労働基準法で特別な保護が定められています。この保護は、36協定の有無にかかわらず適用される点が重要です。

労働基準法第66条により、妊産婦から請求があった場合、会社は時間外労働・休日労働・深夜業をさせることができません。請求を受けたにもかかわらず残業を命じれば、それだけで法律違反にあたります。また、妊娠や出産、請求したことを理由とする不利益な取扱いも、男女雇用機会均等法などで禁止されています。

育児・介護を理由とする請求(2025年4月の改正で対象が拡大)

育児や介護を担う従業員についても、育児・介護休業法によって残業の制限を請求する権利が認められています。2025年4月の改正で対象が広がっているため、社内の運用が古いままになっていないか確認が必要です。

育児・介護休業法では、残業そのものを免除する制度と、時間外労働の長さを制限する制度の2つが用意されています。どちらも従業員からの請求によって効力が生じ、原則として開始予定日の1か月前までに、1回につき1か月以上1年以内の期間を示して請求する仕組みです。それぞれの内容は、次の表のとおりです。

制度請求できる従業員内容
所定外労働の制限(残業免除)小学校就学前の子を養育する従業員(2025年3月までは3歳未満)、要介護状態の家族を介護する従業員所定労働時間を超える労働をさせてはならない
時間外労働の制限小学校就学前の子を養育する従業員、要介護状態の家族を介護する従業員時間外労働を月24時間・年150時間以内に制限する

いずれも、事業の正常な運営を妨げる場合は例外とされていますが、「忙しいから」という程度では認められにくいと考えられます。なお、労使協定を結べば、継続雇用期間が1年未満の従業員などを対象から除外することも可能です。

その他のやむを得ない個人的な事情

法律に明記された理由以外にも、残業の拒否に正当性が認められるケースがあります。個別の事情に応じた判断が求められる領域です。

たとえば、家族の急病や冠婚葬祭、事前に予定していた通院などは、やむを得ない事情として考慮されやすいものです。

その一方で、単に「予定がある」というだけの理由がすべて正当と認められるわけではありません。会社としては、残業の必要性の高さと従業員の不利益の大きさを比べて判断する姿勢が重要と整理できます。拒否の理由を頭ごなしに否定せず、まずは話を聞くことから始めるのが、トラブルを防ぐ近道ではないでしょうか。

残業の強要はパワハラにあたる?判断基準とNG言動

残業の指示は日常的な業務命令の1つですが、内容や伝え方によってはパワハラと判断されることがあります。2022年4月からは中小企業にもパワハラ防止措置が義務づけられ、会社としての対応が問われる場面が増えました。どこからがパワハラになるのかを、判断基準と具体例から確認していきます。

パワハラの3要素と残業指示の関係

パワハラにあたるかどうかは、法律で示された3つの要素によって判断されます。残業の指示がどの要素に引っかかりやすいのかを理解しておくことが大切です。

労働施策総合推進法と厚生労働省の指針では、職場のパワハラを

「①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるもの」

と定義しています。上司から部下への残業指示は、通常①に該当するため、実際の判断では②と③が焦点になります。

指針はパワハラの典型例として6つの類型を挙げており、残業の強要は主に「過大な要求」「精神的な攻撃」「個の侵害」に関係すると整理できます。業務上の必要性があり、伝え方も適切であれば、残業を指示してもパワハラにはあたらないケースが多いでしょう。

パワハラと判断されやすい残業指示の例

パワハラと判断されやすいのは、必要性の乏しい残業を押しつけたり、人格を否定する言葉で従わせたりするケースです。現場で起こりがちなパターンを具体的に見ていきます。

指示を出す側に悪意がなくても、受け手の状況によってはパワハラと受け止められることがあります。とくに、業務量と時間のバランスを欠いた指示や、断った後の扱いには注意が必要です。実際にパワハラと判断されやすい言動には、次のようなものがあります。

  • 明らかに終わらない量の業務を終業間際に渡し、当日中の完了を求める
  • 残業を断った社員に対して、大勢の前で叱責したり、人格を否定したりする
  • 育児や介護の事情を伝えている社員に、「家庭を言い訳にするな」と迫る
  • 残業に応じないことを理由に、仕事を与えない、会議から外すといった扱いをする

※以下は、よくある相談内容をもとに作成した架空の事例です。

IT企業のD社では、部長がチームのチャットに「定時で帰る人はやる気がないと判断します」と繰り返し投稿していました。明確な残業命令ではなかったものの、若手社員が体調を崩して休職し、社内の相談窓口に申し出たことで問題が表面化しています。直接の命令がなくても、残業せざるを得ない雰囲気をつくる言動はパワハラと評価される可能性があると考えられます。

管理職の「言い方」で変わるOK例・NG例

同じ内容の残業をお願いする場合でも、伝え方によって受け取られ方は大きく変わります。管理職が日頃から意識しておきたいポイントを比較してみましょう。

パワハラを避けるには、残業が必要な理由と見込み時間を具体的に伝え、従業員の事情を確認する姿勢が欠かせません。代表的な言い方の違いは、次の表のとおりです。

場面NG例OK例
残業を依頼する「今日も全員残って。理由は言わなくてもわかるよね」「明日納品の案件で、あと1時間ほど作業が必要です。都合はどうですか」
残業を断られた「やる気がないなら評価は下げるから」「わかりました。難しい理由を教えてもらえますか。分担を考えます」
家庭の事情を聞いた「みんな事情があるのに我慢しているんだよ」「事情はわかりました。制度を使えるか人事にも確認しますね」

OK例に共通するのは、「理由を示す」「相手の事情を聞く」「代わりの対応を考える」という3つの姿勢です。言葉づかいを少し変えるだけでも、トラブルの芽を大きく減らせるといえます。管理職研修などで具体的な言い回しを共有しておくと、現場の判断がぶれにくくなるのではないでしょうか。

違法な残業の強要が発覚した場合の会社のリスク

違法な残業の強要は、発覚した時点で会社にさまざまな不利益をもたらします。刑事罰や行政指導といった法的なリスクに加え、金銭的な負担や人材の流出など、経営そのものに影響が及ぶことも珍しくありません。ここでは、会社が直面しうる主なリスクを4つの観点から整理します。

労働基準法違反による罰則(拘禁刑・罰金)

残業に関する違反の多くには、労働基準法で刑事罰が定められています。処罰の対象は、実際に指示をした管理職個人だけではない点に注意が必要です。

労働基準法には「両罰規定」があり、違反行為をした管理職などの個人に加えて、会社(法人)にも罰金刑が科される可能性があります。残業に関係する主な違反と罰則は、次の表のとおりです。

違反の内容該当する条文罰則
36協定なしで法定労働時間を超えて働かせた労働基準法第32条6か月以下の拘禁刑
または30万円以下の罰金
時間外労働の上限規制を超えて働かせた労働基準法第36条第6項6か月以下の拘禁刑
または30万円以下の罰金
割増賃金を支払わなかった労働基準法第37条6か月以下の拘禁刑
または30万円以下の罰金
妊産婦の請求を無視して残業させた労働基準法第66条6か月以下の拘禁刑
または30万円以下の罰金

なお、2025年6月の刑法改正により、従来の「懲役」は「拘禁刑」に一本化されています。社内の規程や研修資料に古い表記が残っていないか、あわせて確認しておくとよいでしょう。

労基署の調査・是正勧告・企業名の公表

罰則が科される前の段階でも、労働基準監督署による行政上の対応が行われます。従業員や退職者からの申告をきっかけに調査が入るケースも少なくありません。

労働基準監督署の調査(臨検監督)で違反が確認されると、是正勧告書が交付され、期限までに改善内容を報告するよう求められます。

是正に応じない場合や、悪質と判断された場合には、書類送検に進む可能性があります。送検された事案は、厚生労働省のウェブサイトで企業名とともに公表されるため、社会的な信用を大きく損ないかねません。また、違法な長時間労働が複数の事業場で認められるなど一定の要件に該当すると、是正指導の段階で企業名が公表される制度もあります。

未払い残業代の請求と損害賠償(安全配慮義務違反)

金銭面で大きな負担となりやすいのが、未払い残業代と損害賠償の請求です。いずれも、発覚が遅れるほど金額が膨らむ傾向にあります。

未払い残業代は、過去3年分までさかのぼって請求される可能性があります。裁判では未払い額と同額の付加金に加え、遅延損害金の支払いを命じられることもあり、退職者の場合は年14.6%という高い利率が適用されます。

さらに、長時間労働によって従業員が心身の健康を損なった場合は、安全配慮義務違反として損害賠償を求められるおそれがあります。厚生労働省の労災認定基準では、発症前1か月に約100時間、または2〜6か月平均で月約80時間を超える時間外労働が、業務と発症との関連性が強いと評価される目安(いわゆる過労死ライン)とされています。

離職や採用難など経営面への影響

法的なリスクが表面化しなくても、残業の強要は組織に確実にダメージを与えます。むしろ、この影響のほうが長期的には深刻と考えられます。

残業を強いられる職場では、従業員の疲弊やモチベーションの低下が進み、優秀な人材から離職していく傾向があります。退職者による口コミサイトへの投稿やSNSでの発信は、採用活動にも影を落とすでしょう。人手不足が続くなか、次のような影響は経営にとって見過ごせないものです。

  • 離職者の増加による採用・教育コストの増大
  • 求人への応募減少と、採用競争力の低下
  • 残った社員への業務集中による、さらなる長時間労働の悪循環
  • 取引先や金融機関からの信用低下

目先の業務を回すための残業の強要が、結果として会社の成長を妨げる要因になってしまいます。リスクの大きさを踏まえると、発覚してから対応するのではなく、未然に防ぐ体制づくりが欠かせないのではないでしょうか。

残業を拒否された場合に会社がとるべき対応

適法な残業命令を出していても、従業員から拒否されることはあります。その場で感情的に対応してしまうと、会社側が「強要」と受け取られ、立場を悪くしかねません。ここでは、拒否されたときに会社がとるべき対応を、手順に沿って確認します。

まず拒否の理由を確認する

最初に行うべきなのは、処分の検討ではなく、従業員が残業を断る理由の確認です。理由によって、会社がとるべき対応は大きく変わります。

これまで見てきたとおり、体調不良や妊娠、育児・介護などを理由とする拒否は、法律上認められる可能性が高いものです。こうした理由があるにもかかわらず残業を迫れば、会社が違法な強要をしたことになりかねません。理由を聞く際は、責める口調を避け、「どのような事情があるのか」を丁寧に確認する姿勢が求められます。聞き取った内容と日時は、後から経緯を説明できるよう記録に残しておくと安心です。

あわせて、残業命令そのものに問題がないかも見直しておきましょう。36協定の有効期間や上限時間、就業規則の規定など、会社側の前提が崩れていれば、拒否されても従業員を責めることはできません。

正当な理由がない拒否への対応(注意・指導の進め方)

正当な理由がないのに残業を拒否し続ける場合は、業務命令違反として対応を検討します。ただし、いきなり重い処分を科すのではなく、段階を踏むことが重要です。

正当な理由がない拒否であっても、従業員が命令の必要性を理解していないだけというケースは少なくありません。まずは説明と指導によって改善を促し、それでも改まらない場合に初めて処分を検討するのが基本です。一般的には、次の表のような流れで対応を進めます。

段階対応の内容ポイント
①口頭での注意残業が必要な理由を改めて説明し、協力を求める日時と内容を記録しておく
②書面での注意・指導注意指導書を交付し、改善を求める改善が見られない場合の対応も伝える
③弁明の機会の付与本人から事情や言い分を聞く一方的な判断にならないよう配慮する
④懲戒処分の検討就業規則に基づき、処分の要否と程度を判断する軽い処分から段階的に検討する

注意や指導の段階で改善されれば、それ以上の対応は必要ありません。段階を踏んだ記録を残しておくことは、万が一、処分の有効性が争われた場合に会社の判断の正当性を示す材料にもなります。

※以下は、よくある相談内容をもとに作成した架空の事例です。

システム開発のF社では、残業を断り続ける社員に対し、上司が口頭で注意しただけで減給処分を決めようとしていました。社労士に相談したところ、拒否の理由を一度も確認していなかったことが判明しています。改めて面談すると、社員は通院を続けていることを打ち明け、業務分担の見直しで解決に至りました。

懲戒処分を検討する際の注意点

注意や指導を重ねても改善がない場合は、懲戒処分を検討することになります。ただし、懲戒処分は従業員に大きな不利益を与えるため、有効と認められる条件は厳しく判断されます。

労働契約法第15条は、懲戒処分が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合は無効になると定めています。前述の日立製作所武蔵工場事件では、残業命令の拒否に加えて処分後も態度を改めなかった事情などを踏まえ、懲戒解雇が有効と判断されました。一方で、1回の拒否だけを理由とした重い処分は、無効とされる可能性が高いといえます。懲戒処分を行う前には、少なくとも次の点を確認しておきましょう。

  • 就業規則に、懲戒の種類と対象となる事由が定められ、周知されているか
  • 残業命令そのものが適法で、業務上の必要性があったか
  • 違反の回数や経緯に照らして、処分の重さが釣り合っているか
  • 本人に弁明の機会を与え、その内容を踏まえて判断したか

懲戒処分は、判断を誤ると従業員から訴えられるリスクを伴います。処分を決める前に、労務の専門家に意見を求めておくと安心と整理できます。拒否への対応で大切なのは、処分そのものより、納得感のある手続きを積み重ねることではないでしょうか。

残業の強要を防ぐために企業が整えるべき体制

残業の強要をめぐるトラブルは、個々の管理職の意識だけで防げるものではありません。ルール、仕組み、業務量、人の意識という複数の面から体制を整えることで、初めて再発を防げます。ここでは、企業が優先して取り組みたい4つの対策を紹介します。

36協定と就業規則の見直し

体制づくりの土台となるのが、36協定と就業規則の整備です。一度作成したまま放置していると、法改正や実態とのずれが生じやすくなります。

36協定については、過半数代表者の選出手続きが適正か、延長時間の設定が実際の残業時間と合っているかを確認します。就業規則や育児・介護休業規程についても、2025年の育児・介護休業法の改正などが反映されているかを点検しておきたいところです。主な見直しのポイントは、次の表のとおりです。

見直しの対象確認するポイント
36協定有効期間内か、過半数代表者を民主的な方法で選んでいるか、延長時間が実態に合っているか
特別条項発動する理由が具体的か、発動時の手続きと健康確保措置を定めているか
就業規則残業を命じる根拠規定があるか、懲戒事由が明記され周知されているか
育児・介護休業規程残業免除の対象が「小学校就学前の子」に改定されているか

書類の整備は、専門知識がないと見落としが生じやすい領域です。改定の必要性に気づいた時点で、早めに手当てしておくことが重要といえます。

残業の事前申請制と労働時間の客観的な把握

残業の発生を管理するには、「誰が、なぜ、何時間残業するのか」を会社が把握できる仕組みが必要です。そのうえで、実際の労働時間を正確に記録することが欠かせません。

事前申請制は、従業員が残業の理由と見込み時間を申請し、上司が必要性を判断して承認する仕組みです。不要な残業を減らせるだけでなく、残業の指示が適切だったかを後から確認できる点にもメリットがあります。また、労働安全衛生法では、タイムカードやパソコンの使用記録などの客観的な方法で労働時間の状況を把握することが義務づけられています。申請された時間と実際の記録に大きな差がないかを定期的に確認すれば、隠れた長時間労働にも気づきやすくなるでしょう。

業務量の見直しと人員配置

残業の強要が起きる根本には、業務量と人員のバランスが崩れているという問題があることが少なくありません。ルールを整えても、仕事量そのものが過大であれば解決は難しいと考えられます。

まずは部署ごとの残業時間を分析し、特定の部署や個人に業務が集中していないかを確認します。そのうえで、業務の属人化の解消、ITツールによる作業の効率化、繁忙期に合わせた人員配置の調整などを検討するとよいでしょう。終業から次の始業までに一定の休息時間を確保する「勤務間インターバル制度」の導入も、長時間労働を防ぐ有効な手段の1つにあたります。

管理職研修と相談窓口の設置

仕組みを整えても、それを運用する管理職の理解が不十分では効果が上がりません。あわせて、問題が起きたときに従業員が声を上げられる環境づくりも求められます。

2022年4月から、中小企業を含むすべての企業にパワハラ防止措置が義務づけられました。管理職研修では、次のような内容を扱うと実務に役立ちます。

  • 36協定の上限時間や、残業を拒否できる正当な理由などの基礎知識
  • パワハラにあたる残業指示の具体例と、適切な言い方
  • 残業を拒否されたときの対応手順と、人事への相談ルート

相談窓口は、社内の人事担当者だけでなく、社外の専門家に委託する方法もあります。従業員が安心して相談できる窓口があれば、問題が小さいうちに把握し、対応につなげられるのではないでしょうか。

残業の強要に関するよくある疑問をFAQで紹介

ここでは、経営者や人事労務の担当者から寄せられることの多い質問を取り上げます。個別のケースで判断に迷いやすいポイントを中心に、基本的な考え方を整理しました。

Q. 36協定があれば、残業を断る社員を懲戒処分できますか?

36協定があるからといって、残業を断った社員を懲戒処分できるわけではありません。処分の可否は、ほかの要件や拒否の理由とあわせて判断されます。

36協定に加えて、就業規則などに残業の根拠規定があり、命令に業務上の必要性と合理性が認められることが前提です。そのうえで、従業員に体調不良や育児・介護などの正当な理由があれば、拒否は認められます。正当な理由がない場合でも、注意や指導を経ずに重い処分を科すと無効とされるおそれがあります。

Q. 管理監督者への残業指示も強要にあたりますか?

労働基準法上の管理監督者には、労働時間に関する規制が適用されません。ただし、何をしても問題にならないという意味ではない点に注意が必要です。

管理監督者には36協定の上限規制や時間外労働の割増賃金の規定が適用されませんが、深夜労働の割増賃金は支払う必要があります。また、労働時間の状況を把握する義務や安全配慮義務は、管理監督者に対しても会社が負うものです。

さらに、役職名だけで実態が伴わない「名ばかり管理職」と判断されれば、一般の従業員と同じ扱いになり、未払い残業代を請求される可能性があります。

Q. パート・アルバイトにも残業を命じられますか?

パートやアルバイトにも、正社員と同じ要件を満たせば残業を命じることは可能です。雇用形態によって、ルールが緩やかになるわけではありません。

法定労働時間を超える場合は36協定が必要で、雇用契約書や労働条件通知書に残業の有無を明示しておく必要があります。

なお、パートやアルバイトは、家庭の事情や掛け持ちの仕事などを理由に短時間勤務を選んでいることも多いため、契約時に残業の可否を確認しておくとトラブルを防ぎやすいといえます。

派遣社員の場合は、派遣元が締結した36協定の範囲内で残業を指示することになります。

Q. 社員が「自主的に」している残業を黙認しても問題ありませんか?

会社が明確に指示していなくても、残業を知りながら放置していれば、会社の指示による労働とみなされる可能性があります。「自主的だから」という理由で残業代を支払わないことは認められません。

判例では、使用者の指揮命令下に置かれている時間が労働時間にあたると考えられており、黙認していた残業も労働時間と判断されやすい傾向があります。

残業を認めない方針であれば、終業時刻に退社を促す、事前申請のない残業を禁止する旨を明確に伝えるといった対応が必要です。

Q. 固定残業代を払っていれば、残業を自由に命じられますか?

固定残業代を支払っていても、残業を自由に命じられるわけではありません。上限規制や残業命令の要件は、固定残業代の有無にかかわらず適用されます。

固定残業代は、あらかじめ一定時間分の残業代を定額で支払う仕組みにすぎません。

実際の残業時間が想定した時間を超えた場合は、差額を支払う必要があります。また、基本給と固定残業代の部分が明確に区別されていないと、制度そのものが無効と判断されるリスクも否定できません。

固定残業代を導入している会社は、就業規則や雇用契約書の記載が適切かどうか、一度見直してみてはいかがでしょうか。

まとめ:適法な残業管理で、社員に信頼される職場をつくる

残業を指示すること自体は違法ではありませんが、要件を欠いたまま命じたり、威圧的な方法で従わせたりすれば、違法な「強要」と評価されます。そうなれば、刑事罰や是正勧告、未払い残業代の請求、人材の流出など、会社にとって大きな痛手となりかねません。最後に、この記事で取り上げた要点を振り返ります。

残業を適法に命じるには、36協定の締結・届出、就業規則などへの規定、業務上の必要性と合理性の3つがそろっている必要があります。そのうえで、会社として押さえておきたいポイントは次のとおりです。

  • 時間外労働は原則月45時間・年360時間までとし、特別条項を使う場合も単月100時間未満・複数月平均80時間以内を守る
  • 体調不良、妊産婦からの請求、育児・介護(2025年4月から小学校就学前の子まで対象が拡大)などによる拒否は尊重する
  • 理由を示し、相手の事情を聞く伝え方を徹底し、パワハラと受け取られる言動を避ける
  • 拒否された場合は、理由の確認、注意・指導、弁明の機会という段階を踏んでから処分を検討する
  • 事前申請制や労働時間の客観的な把握、管理職研修などで、強要が起きにくい仕組みをつくる

残業の強要を防ぐことは、法令違反のリスクを避けるだけでなく、社員が安心して力を発揮できる職場づくりにもつながります。まずは自社の36協定の有効期間と、就業規則の残業規定を確認するところから始めてみてください。

とはいえ、36協定や就業規則の見直し、残業を拒否する社員への対応、管理職研修の実施などは、専門的な判断が求められる場面も少なくありません。当事務所では、労働時間管理の診断から規程の整備、個別のトラブル対応まで、企業の実情に合わせてサポートしています。「自社の残業の運用に問題がないか確認したい」「社員対応に迷っている」といったお悩みがあれば、お気軽にお問い合わせください。

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