社員が業務命令を拒否した場合、経営者や管理職としては戸惑いや不安を感じることも少なくありません。特に中小企業では人材の入れ替えが容易でないため、一人の社員の態度が職場全体の雰囲気や業務効率に大きく影響することがあります。
しかし、感情的な対応や独断的な処分は、逆に法的リスクを招く可能性もあるため慎重な判断が必要です。
そこで本記事では、実際にあったケースをもとに、業務命令を拒む社員への正しい対応方法について、社会保険労務士の視点から解説します。
就業規則の整備や指導記録の残し方といった実務的な対策に加え、パワハラ認定や不当解雇といったトラブルを回避するための法的ポイントも紹介します。中小企業が組織改善とリスクマネジメントの両立を図るための参考として、ぜひご活用ください。
業務命令を拒む社員がいるとどうなる?問題点や組織への影響とは
業務命令を拒否する社員の存在は、単なる個人の問題にとどまらず、組織全体の健全な運営に深刻な影響を及ぼします。中小企業においては特に、一人ひとりの役割が大きいため、その影響は無視できません。
ここでは、業務命令に従わない社員が引き起こす組織的弊害と、それを放置することによる法的リスクについて解説します。
指示に従わない社員が組織にもたらす弊害(生産性低下・士気悪化など)
業務命令に従わない従業員がいると、次のような弊害が現れることがあります。
- チーム全体の生産性が低下する
他の社員がその分のフォローに追われ、本来の業務に集中できなくなる - 職場の士気が著しく低下する
「従わなくても許される」という空気が蔓延すれば、努力する社員のモチベーションが低下する - 管理職のリーダーシップが問われる
指示を無視しても咎められない状況が続くと、管理者の指導力や組織運営能力に疑問を持たれることがある
このように、たった一人の対応が組織全体のパフォーマンスに波及するため、見過ごすことはできない問題と言えるでしょう。
放置による法的リスク(損害賠償の可能性や労務トラブルへ発展)
さらに問題を放置すると、企業側にも法的な責任が及ぶ可能性があります。
特に以下のような点には注意が必要です。
- 損害賠償請求のリスク
業務が妨害されて顧客対応に支障をきたしたり、納期遅延が発生した場合、損害賠償を求められる事態に発展することも想定されます。 - 懲戒処分が適切に行われなかった場合のリスク
処分が不適切であると、逆に不当解雇や名誉毀損として訴えられる可能性もあるため、対応には十分な注意が必要です。
企業としては、感情的な判断を避け、就業規則や社内体制を整えた上で、慎重かつ計画的な対応が求められるでしょう。
法的観点から「業務命令」を理解しよう
業務命令に従わない社員への対応を考える上で、その命令自体が法的に正当なものであるかどうかを理解しておくことは非常に重要です。
もし不当な命令を発すれば、逆に企業側が責任を問われる可能性もあります。ここでは「業務命令とは何か」「命令が有効であるための条件」「不当な命令と認定されるケース」について解説します。
“業務命令”とは何か(労働契約との関係性)
業務命令とは、企業が労働契約に基づき、従業員に対して業務遂行を指示する行為です。
これは、いわゆる「指揮命令権」の一部であり、使用者には業務の範囲内で労働者に指示を出す権限が認められています。
- 労働契約における基本的な構造
労働者は「指示に従って労務を提供する義務」を負い、使用者は「報酬を支払う義務」を負うという相互関係にあります。 - 職務内容や勤務地の変更も含まれる場合がある
雇用契約や就業規則に明示されていれば、職種変更や配置転換といった命令も業務命令に含まれることがあります。
つまり、労働契約の枠組みの中で合理性が認められる限り、業務命令には法的な裏付けがあるといえるでしょう。
命令が有効であるための条件(雇用契約・就業規則との整合性)
業務命令が法的に有効とされるためには、以下の条件を満たす必要があります。
- 就業規則や雇用契約と矛盾していないこと:明示的な契約内容に反する命令は、無効とされる可能性があります。
- 合理性と必要性があること:目的や手段に妥当性があり、社員に過度な負担を強いる内容でないことが求められます。
- 社会通念上相当と認められること:命令の内容や実施方法が、常識的な範囲を逸脱していないかが判断基準となります。
このように、業務命令の有効性は単に「上司が言ったから」ではなく、契約や規則との整合性、そして合理性に基づいて評価される点に注意が必要です。
不当な命令と認定されるケース(違法・権利濫用・強行法規抵触)
一方で、以下のような業務命令は「不当な命令」として無効とされる可能性があります。
- 法令に違反する命令:労働基準法や安全衛生法などに反する指示は、たとえ業務上必要であっても無効です。
- 権利の濫用と判断される命令:特定の社員に対して嫌がらせ目的で配置転換を行うなど、公平性を欠く場合は無効とされます。
- 強行法規に抵触する命令:例えば、深夜労働や休日出勤の強要が労基法に反している場合、その命令は履行義務を生じません。
このように、不当な命令を回避するためには、企業側も法的知識と倫理的な判断力が求められます。
命令の正当性を担保することが、社員の納得感とトラブル防止の両立につながるでしょう。
業務命令を拒む社員に必要な4つの対応
業務命令に従わない社員への対応は、感情に任せた場当たり的な対応ではなく、段階を踏んだ冷静かつ法的に適切なアプローチが求められます。
ここでは、実務における基本ステップを4つの段階に分けて解説します。
①:業務命令の明確化と記録(文書化・記録)
最初に行うべきは、業務命令の内容を明確に伝え、適切に記録を残すことです。
- 口頭だけでなく、文書やメールで命令を通知
誤解や「言った・言わない」のトラブルを避けるため、書面化が重要です。 - 日時・内容・対応状況を記録として保存
指示に対する社員の反応や態度も含め、業務日誌や面談記録に残しておくことで、後の対応に根拠が持てます。
記録の有無が、後の処分や法的対応の妥当性を左右するケースもあるため、初動段階からの文書化がカギとなります。
②:注意・指導と書面での告知(逐次の改善促し)
業務命令に対する拒否が確認された場合は、直ちに懲戒処分に進むのではなく、段階的な注意と指導を行いましょう。
- まずは本人との面談による意図の確認
命令拒否の背景に誤解や業務負担などの事情がある場合、丁寧な対話が改善の糸口になります。 - 改善を促す文書を発行
指導の一環として、改善勧告書や注意書などを書面で発行することが効果的です。
こうした逐次的な改善促しにより、社員自身に問題の認識を促し、自発的な行動改善を期待できます。
③:懲戒処分(譴責・減給)とその要件(公平性・手続き適正)
改善が見られない場合は、企業として懲戒処分を検討する段階に入ります。
- 処分は就業規則に基づいて行うことが必須
譴責(けんせき)や減給など、就業規則に定められた処分内容を遵守する必要があります。 - 処分前の弁明機会の付与が不可欠
社員に対し、処分理由と内容を事前に説明し、意見を聴取する「弁明の機会」を設けることが法的に求められます。 - 公平性・一貫性を担保する
同様の違反行為に対して一貫した対応を取ることが、トラブル回避の鍵です。
懲戒処分はあくまで最終的な抑止手段であるため、感情的ではなく、客観的な手続きに基づいて実施すべきでしょう。
④:退職勧奨・合意退職の検討(解雇前のコミュニケーションも検討)
それでもなお改善が見られない場合は、解雇に至る前の“ソフトランディング”として、退職勧奨や合意退職を検討する余地があります。
- 退職勧奨はあくまで“提案”であることを徹底
強制的に辞めさせるような圧力をかけると、不当な退職強要として後に問題化する恐れがあります。 - 合意退職書などの書面で明確な同意を得る
双方が納得した上で円満に退職するために、文書による合意は不可欠です。 - 精神的ケアや再就職支援も選択肢に
社員本人の今後を考慮した誠実な対応が、企業の信頼性にもつながります。
退職勧奨はあくまでも最終手段に近い対応ですが、解雇リスクを回避する現実的な選択肢として、慎重に検討すべきステップです。
懲戒処分や解雇を行う際の法的留意点
業務命令に従わない社員に対して最終的に懲戒処分や解雇を行う場合、企業側には高度な法的配慮が求められます。
手続きの不備や不適切な判断は、後に労働トラブルや訴訟リスクを招く恐れがあるため、慎重な対応が不可欠です。ここでは、処分を有効とするための法的条件と、トラブル回避のためのポイントについて解説します。
懲戒処分の有効要件(就業規則、合理性、手続きの適正さ)
懲戒処分を行う際には、以下の要件をすべて満たしている必要があります。
- 就業規則に基づいていること
懲戒の種類や手続きが明確に定められており、それに従って処分が行われている必要があります。 - 処分理由に合理性があること
客観的に見て、就業規則違反や業務妨害などの重大な理由が存在していることが求められます。 - 手続きの適正さが確保されていること
事前の注意・指導、弁明の機会の付与、処分内容の明示など、公正なプロセスを経ている必要があります。
これらを欠いた処分は、後に「無効」と判断されるリスクがあるため、すべての対応を文書で裏付けておくことが望ましいでしょう。
解雇(懲戒解雇・普通解雇)の要件(合理的理由・社会通念上の相当性)
社員を解雇する場合には、特に厳格な要件が課せられます。主な解雇の形態とその要件は以下の通りです。
- 懲戒解雇:重大な非違行為が対象
業務命令違反が悪質かつ継続的であり、就業規則に明示された懲戒事由に該当している必要があります。加えて、他の手段では改善が見込めないことも条件です。 - 普通解雇:能力不足や適性欠如等が対象
正当な業務遂行が困難であり、かつ改善のための機会を与えても改善が見られなかった場合に限られます。 - 社会通念上の相当性があるかが重要
裁判所は、実際の業務影響や企業努力(教育・配転など)も含めて判断するため、「客観的に見て妥当か」が焦点となります。
解雇は労働者にとって重大な不利益を与えるため、最も慎重に対応すべき措置であることを忘れてはなりません。
トラブル回避のための証拠整備と弁護士相談の重要性
懲戒処分や解雇において法的トラブルを防ぐためには、事前の証拠整備と専門家への相談が極めて重要です。
- 業務命令の記録や指導履歴の保存
指示の具体的な内容、面談記録、注意書などを時系列で整理しておくことで、処分の正当性を裏付ける材料となります。 - 就業規則の定期的な見直しと整備
古いままの規則では、処分の根拠が曖昧になりかねません。社労士や弁護士と連携し、現状に即した内容に更新しておくことが重要です。 - 判断に迷う場面では弁護士に相談
特に懲戒解雇や合意退職などの場面では、法律的なリスクを慎重に検討する必要があります。専門家の意見を仰ぐことで、後の紛争リスクを大きく低減できます。
適切な対応と準備があれば、企業としても自信を持って法的に正しい対応が可能となるでしょう。
組織改善につなげる再発防止策
業務命令に従わない社員への対応を一時的に終えたとしても、同様の問題が再発するようでは、根本的な解決とは言えません。
組織全体の仕組みや文化を見直すことで、長期的な安定と健全な労務環境の構築につながります。ここでは、再発防止を目的とした実務的な取り組みについて解説します。
就業規則や指示ルールの整備(懲戒規定、命令方法の明文化)
まず重要なのは、社員の行動を規律する「ルール」の明確化です。
- 懲戒事由や処分内容の具体的な明記
業務命令違反がどのような懲戒対象となるかを、就業規則に明示しておくことで、曖昧さを排除できます。 - 指示の出し方・受け方のルール化
業務命令は口頭か書面か、誰がどのような権限で出すのかといったルールを文書化することで、誤解や混乱を防げます。 - 定期的な見直しと社内周知の徹底
時代や組織の変化に応じてルールをアップデートし、社員全体に周知・理解を促すことが肝心です。
就業規則や業務ルールが曖昧なままだと、トラブルの芽を摘むことは困難です。組織としての“共通言語”を整備することが第一歩となるでしょう。
管理職への教育・指示スキル強化とコミュニケーション改善
次に必要なのが、管理職の指導力向上です。
現場で直接社員と接する管理職の力量が、組織の風土を大きく左右します。
- 労務管理に関する研修の実施
業務命令の出し方、懲戒の注意点、ハラスメントとの違いなど、実務に直結する知識の習得が重要です。 - 対話力・説明力の向上
指示が伝わらない、納得されない場面では、伝え方や背景説明の不足が原因であることも少なくありません。 - 相談しやすい風土の醸成
上司と部下の間に適切な信頼関係があれば、問題が深刻化する前に対話で解決できる可能性も高まります。
“命令”は一方通行ではなく、“対話”によって機能するものであるという認識を広めていく必要があるでしょう。
業務命令への従属性向上のための社内理解促進と風土改革
最後に、業務命令そのものへの“納得感”を高めるための組織文化づくりが不可欠です。
- 会社の目的やビジョンの共有
社員が企業の方向性に共感していれば、指示にも自然と従いやすくなります。 - 業務の意義や背景の説明
単なる作業ではなく、「なぜその業務が必要なのか」を丁寧に伝えることで、社員の意識が変わります。 - 相互尊重に基づく企業風土の構築
命令を受ける側だけでなく、出す側にも誠実さや説明責任が求められます。双方向の尊重が、信頼関係を築く鍵となります。
業務命令が「強制」ではなく「協力」の形で実行されるような風土を目指すことが、根本的な再発防止策につながるでしょう。
業務命令を拒む社員への実務上の対応チェックリスト
業務命令を拒否する社員への対応は、法的リスクと隣り合わせであるため、各ステップを漏れなく踏むことが重要です。
ここでは、中小企業が実務で活用できるように、簡易チェックリスト形式で流れを整理しました。トラブルを未然に防ぎ、組織を守るための対応指針としてお役立てください。
状況把握と初期対応(記録・相談・指導)
- 問題の事実関係を正確に把握(指示内容・経緯・社員の言動)
- 業務命令の内容を文書・メール等で記録
- 社内関係者(上司・人事・社労士など)と共有・相談
- 本人へのヒアリングを実施し、拒否理由を確認
- 誤解や誤認がないかを確認し、必要に応じて指導
懲戒処分決定プロセス(規定・証拠・弁明機会・段階的処分)
- 就業規則に基づいた処分基準・手続きを確認
- 指示内容・社員対応の記録を証拠として整理
- 注意・指導→警告→譴責→減給等、段階的な処分を検討
- 処分前に必ず「弁明の機会」を付与
- 処分決定後は文書で通知し、本人の署名を取得
解雇に至る前の手続き(退職勧奨や弁護士相談)
- 懲戒処分でも改善が見られない場合は退職勧奨を検討
- 退職勧奨はあくまで任意であり、強制しない
- 合意退職書などの書面による同意を取得 解雇の必要性がある場合は、必ず弁護士に事前相談
- 解雇理由書や証拠資料を整備
事後対応(記録保管・再発防止フォロー)
- 全ての対応経緯と証拠を時系列で文書保管
- 社内での情報共有と今後の対応方針を確認
- 就業規則・業務指示ルールの見直し
- 管理職への研修や再発防止教育の実施
- 類似トラブルの兆候があれば早期対応の体制を構築
上記各項目を満たしているのかチェックしていただけると、法的トラブルを回避しながら、組織として一貫した対応が取れるようになるでしょう。
まとめ:冷静な対応と組織力強化がカギ
業務命令に従わない社員への対応は、単なる個人指導の枠を超え、企業全体のコンプライアンスと組織運営に関わる重要な課題です。感情的な処分や独断的な判断を避け、段階的かつ法的に整合性のある対応を行うことで、トラブルを未然に防ぐことができます。
また、就業規則の整備や管理職の教育、社内風土の見直しといった再発防止策を通じて、組織そのものの強化を図ることも不可欠です。
法的な判断に迷う場合や、自社の対応方針に不安がある場合は、専門家への相談を早めに行うことが安心につながります。
不明点がございましたら、弊社までお気軽にお問い合わせください。
この記事の執筆者

- 社会保険労務士法人ステディ 代表社員
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