企業の経営戦略の一環として、従業員の給与体系を見直すことはよくあります。
特に弊社に寄せられる相談として
- 従業員の基本給を下げて、他の手当で調整することは問題ないのか?
- 基本給の一部を残業代として支払うようにしたい(基本給の一部を固定残業代にしたい)
このように、現在の基本給を下げながら固定残業手当や他の諸手当で調整することはできるのか?というものがあります。確かに、基本給を下げて手当で調整することができれば、人件費の見直しもしやすくなるかもしれません。
しかしながら、このアプローチは労働諸法令の違反リスクや、従業員に対してはネガティブな印象になり、長期的にマイナスに動く可能性があります。
今回の記事では、基本給を下げて手当で調整することのリスクや企業によって検討すべき戦略を解説いたします。
基本給を下げる際に注意すべき労働基準法のポイント
前提として、基本給の見直しを行う際には、企業にとってさまざまなリスクが伴います。
単純に昇給として「基本給を引き上げる」ことは問題ありませんが、「基本給の額を減らす」ことは法的リスクが伴います。
基本給を下げる際には、法律が定める要件や手続きを正しく理解し、適切に対応することが求められますので、まずは基本給の減額に関する労働諸法令の重要なポイントと、企業が守るべき手順について解説します。
基本給の減額は違法か?合法的な変更のための手順
基本給の減額は、雇用契約における労働条件の重要な変更に該当します。
そのため、適切な手続きを踏まなければ違法となり、従業員からブラック企業であると言われる可能性が高まり、組織風土に悪影響を及ぼします。
労働契約法において、
「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。」と定められています。
つまり、労働条件を変更するためには「企業と従業員の合意」が必要であり、会社から一方的に基本給を減額することは違法となります。
昇給のように、従業員に有利な変更は問題ありませんが、基本給を減額すること自体は「従業員にとって不利益」でしかありませんので、注意が必要です。従業員に十分に説明し、納得が得られないと「不当に給与を下げられた」として労働基準法に告発されることも考えられます。
このため、基本給を減額する際には、まず従業員との協議を行い、同意を得ることが不可欠です。
従業員への告知義務とその適切な対応方法
基本給の変更にあたっては、従業員に対して事前に告知する必要があります。
具体的には、変更の理由、影響、そして今後の賃金体系について説明しておくことで、納得感を得られやすくなるでしょう。
このとき、口頭だけで説明するのではなく「辞令」や「労働条件変更通知書」のような書面を用意してください。労働トラブルは「言った」「言われていない」の水掛け論に繋がることが多々あります。会社としてはしっかりと説明をして、従業員から同意を得た客観的な書類を残すことがリスクヘッジとなります。
手当での調整がもたらすメリットとデメリット
基本給を減額することは、労働契約法の不利益変更であることをお伝えしましたが、
「基本給から減らす金額を、手当として支払うのであれば給与の総額も変わらないので不利益ではないのか?」と疑問に思われる方もいらっしゃるでしょう。
確かに、
今までの基本給が300,000円の従業員に対して、基本給を250,000円、固定残業手当を50,000円に変更すると、給与の総額自体は300,000円と違いはありません。
しかしながら、給与を受け取る従業員からすると「その手当の性質」から「不利益」となるため、注意しなければなりません。
基本給を下げ、手当で調整する方法は、場合によっては法令に則ったコスト管理に繋がることもありますが、短期的なデメリットや長期的リスクがあります。手当での調整が労働者や企業にどのような影響をもたらすのか、そのメリットとデメリットを総合的に検討することが必要ですので、それぞれ見ていきましょう。
一部の手当を活用することで残業代計算の観点でコスト管理に繋がる
人件費を管理する中で、残業代の計算は経営者を悩ませていると思います。
基本給や固定的な手当は、毎月の金額から年間の人件費算出は容易にできますが、残業代は日々の残業時間によって支給金額が異なります。そのため、想定外に残業が発生している場合には人件費も比例して大きくなり、経営を圧迫することもあるでしょう。
残業計算を行う場合、基本給や固定的な手当から1時間あたりの単価を計算することが一般的ですが、一部の手当は1時間あたりの単価計算から除外することができます。
除外できる手当は
- 家族手当
- 通勤手当
- 別居手当
- 子女教育手当
- 住宅手当
- 臨時に支払われた賃金
- 1ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金
上記の項目と限定されていますが、これらの手当をうまく活用することで、残業代の金額を抑制することも可能になるのです。
ただし、単に「家族手当」や「住宅手当」として支給するのではなく、その実質によって取り扱うべきもの(例えば、家族手当の場合は扶養家族数の人数によって算出する等)でなければなりません。
そのため、適切な運用ができるときのみ、基本給ではなく「家族手当」や「住宅手当」をうまく活用することでコスト管理につなげることは理論上可能なのです。
しかしながら、基本給を減額すること自体は従業員のモチベーションに悪影響を及ぼすものであることは言うまでもありません。
手当が多い場合の法的リスクとその回避策
給与の構成が、基本給よりも手当の割合が高くなると、従業員が安定した収入を得られないと感じるリスクがあります。
前述の「家族手当」や「住宅手当」の場合、扶養家族の人数であったり、住んでいる住宅の賃料などが手当に関わってきますが、仮に手当の要件から外れてしまった場合はそのまま手当の支給が無くなることになります。
その他、インセンティブ手当など業績や成績に連動する手当があると、毎月の給与が不安定になります。そのため、基本給ではなく手当額が多い場合には「基本給に該当する部分を手当で補填している」と判断され、従業員から経営方針を問題視されることがあります。
これを回避するためには、手当の種類や内容を明確にし、基本給と手当のバランスを保つことが重要です。
基本給を下げて手当を増やすことの長期的な影響
基本給を下げて手当を増やすことは、短期的には企業のコスト削減や柔軟な賃金体系を実現する手段として有効に思えるかもしれません。
しかし、このような調整は、長期的には労働者のモチベーションや企業の安定性に影響を及ぼす可能性があります。
従業員にとってのメリットとデメリット、そして企業経営におけるリスクを考慮し、慎重な判断が求められます。基本給と手当のバランスがもたらす長期的な影響について掘り下げて解説します。
従業員にとって有利なのは?当然「基本給」
従業員とって、基本給が高い方が安定した収入を得やすく、場合によっては賞与や退職金にもプラスに作用します。
確かに、手当が多いと「福利厚生がしっかりしている」「(能率手当や資格手当がある場合)様々な観点で評価をしてくれる」と捉えてくれる可能性もありますが、あくまでも短期的な観点です。
長期的には安定性を欠く可能性があるだけでなく、各種手当を導入するために企業が基本給を下げることは本末転倒です。
経営コストだけでなく従業員の環境向上・その結果として売上が繋がるような制度設計を検討することが重要といえるでしょう。
基本給と手当のバランスがもたらす企業の経営リスク
基本給と手当のバランスを誤ると、企業は従業員の離職率の増加や、労働力の確保が難しくなるリスクを抱えることになります。
また、手当が業績に連動している場合、業績悪化時に支給額が減少し、従業員の士気が低下する恐れがあります。このようなリスクを避けるためには、基本給と手当の割合を適切に設計し、安心して働ける環境を整えることが最優先かと考えられます。
まとめ
今回の記事では、基本給を下げて手当で調整する際の法的リスクや企業への影響について詳しく解説しました。
基本給の減額は労働契約法に基づく厳密な手続きをしなければトラブルの種となります。例えその減額分を「手当」でカバーすると従業員に説明したとしても、納得感を得られるのか難しいところでしょう。
また、手当での調整は短期的なメリットがある一方で、長期的には従業員のモチベーションや企業の持続可能性に影響を及ぼす可能性があります。こうした複雑な要素を踏まえ、適切な賃金体系を設計することが重要になります。
基本給に関する制度変更は、トラブルに繋がりやすい繊細な問題です。
安全かつ効果的な変更を行うために、ぜひ専門家である弊社にご相談いただければと思います。
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