「退職金制度はもう時代遅れ」と考える企業が増える一方で、制度を持たないことで人材流出や採用難といった深刻な課題に直面しているケースも少なくありません。
退職金がないことのリスクとは何か?本記事ではその実態に迫るとともに、企業が取りうる代替制度の選択肢や、無理なく導入を進めるためのステップを徹底解説します。人材の定着率を高め、企業価値を向上させたい経営者・人事担当者の方はぜひご一読ください。
退職金制度がない会社の現状と課題
退職金は長年働いた従業員に対する感謝と将来への備えとして、かつては多くの企業で当然のように導入されてきました。
しかし、最近では退職金制度を持たない企業も増加傾向にあります。本記事では、退職金制度が未整備の背景や、他社事例から見える影響について詳しく解説します。
退職金制度未整備の背景
退職金制度を導入していない、あるいは廃止する企業が増えている背景には、いくつかの要因が考えられます。
企業規模や業種の違いにより、その理由も多岐にわたりますが、主に下記が考えられます。
- 中小企業の財務的制約:人件費の固定化を避けたい企業にとって、退職金制度は大きな負担と捉えられることが多いです。
- 人材流動性の高まり:終身雇用が前提とされていた時代と比べ、転職が一般化した現代では、長期在籍を前提とする退職金制度の意義が薄れている面もあります。
- 確定拠出年金(DC制度)など他の制度への移行:退職金の代替として、企業型DCなど柔軟な制度を導入するケースも増えています。
- 制度運用の複雑さ:退職金規程の整備や運用には、法務・労務の専門知識が求められ、導入のハードルが高いと感じる企業もあります。
これらの理由により、退職金制度をあえて導入しない、または簡素化する企業が増えているのが現状です。
他社事例から見る退職金の有無が与える影響
退職金制度の有無は、従業員のモチベーションや採用競争力に直接的な影響を与えることがあります。弊社でご支援させていただいている他社事例を通じて、どういった影響があるのかご紹介いたします。
- 退職金制度がある企業の例
従業員数が50名程度のIT企業では、勤続年数に応じた退職一時金に加え、企業型確定拠出年金を併用することが決まりました。もともと、従業員の入退社が多い企業でしたが、退職金制度の導入より、従業員の長期定着率が向上し、平均勤続年数が向上しています。 - 退職金制度がない企業の例
一方で、ベンチャー企業やスタートアップでは、退職金制度を持たない代わりに、高い給与やストックオプションを提供するケースがあります。短期的な報酬重視の傾向が強く、離職率は高めですが、即戦力人材の確保には成功している例も見られます。 - 制度導入後の変化
中小製造業の中には、社員の要望を受けて退職金制度を導入した結果、離職率が低下し、採用活動においても「福利厚生が充実している会社」として好印象を持たれるようになったという事例も報告されています。
このように、退職金制度の有無は企業文化や経営戦略と密接に関係しており、制度の導入が一概に正解とは限りません。ただし、採用・定着の観点からは、何らかの退職後支援策を提示することが企業の信頼性向上につながると考えられます。
退職金制度がないことで企業にもたらすリスクは?
退職金制度が存在しないことは、単に経費の削減にとどまらず、企業経営にさまざまなリスクを及ぼす可能性があります。特に人材定着率、採用活動、そして従業員のパフォーマンスへの影響について見ていきましょう。
人材定着率への影響
退職金は長期的な雇用を促すインセンティブとして機能します。
これが存在しない企業では、以下のような問題が生じやすくなります。
- 長期在籍のメリットが見えにくくなる
経済的な将来設計を考える際、退職金がないことが理由で早期退職や転職を選ぶ社員が増える傾向にあります。 - 若手人材の流出
キャリアの初期段階で長期的な安定を求める若手層にとって、退職金制度の欠如は大きな不安要素です。
結果として、定着率の低下はノウハウの蓄積不足や教育コストの増加といった負のスパイラルを生みかねません。
採用面での企業ブランディング低下
近年、求職者の間では「福利厚生の充実度」が企業選びの重要な指標となっています。退職金制度がない場合、以下のような影響が考えられます。
- 求人応募率の低下
他社と比較した際、待遇面で見劣りすると判断されると、そもそも応募段階で選択肢から外れるリスクがあります。 - 「将来を考えていない会社」との印象
長期雇用を前提とした制度がないことで、企業の姿勢に不信感を抱かれる可能性もあるでしょう。
こうしたブランドイメージの低下は、優秀な人材の獲得競争において致命的なデメリットとなり得ます。
労働者のモチベーション・業務パフォーマンスへの懸念
退職金制度の有無は、従業員の意識や働き方にも間接的な影響を及ぼします。
- 「頑張っても報われない」という意識
勤続年数が積み重なっても、それが報酬に反映されない場合、やる気の低下を招きやすくなります。 - 短期志向の業務スタイルに偏る可能性
長期的なキャリアビジョンが描けないことで、目先の業務だけを重視する姿勢が強まり、生産性や業務品質の低下を招くおそれがあります。
こうした影響は組織全体の士気にも波及し、企業パフォーマンスの低下につながるリスクが否めません。
退職金制度を導入しない選択には合理的な理由がある一方で、その決断が長期的に企業にもたらすリスクも決して軽視できません。企業の成長と安定を支えるためには、退職金制度の有無にかかわらず、従業員への将来支援策を適切に整備することが求められるでしょう。
退職金制度を導入しない代替施策とは
退職金制度を設けない企業にとって重要なのは、従業員の将来不安を取り除きつつ、長期的な雇用安定を図る施策を検討することです。
退職金の代替となる制度や支援策を紹介し、効果的な設計のポイントを解説します。
確定拠出年金(401k)の導入メリット
企業型確定拠出年金(日本版401k)は、下記のようなメリットがあることから退職金制度の代替として注目を集めております。
- 企業のコスト管理がしやすい
掛金額を事前に決定できるため、長期的な資金計画が立てやすい点が特徴です。 - 従業員の資産形成を支援できる
運用によって将来の資金形成が可能となり、従業員の金融リテラシー向上にもつながります。 - 税制上の優遇措置がある
企業負担分は損金扱い、従業員も所得控除や運用益非課税の恩恵を受けられるなど、双方にとって税メリットがあります。
ただし、制度設計時には運用リスクの説明責任や、継続的な教育の仕組みも重要です。
退職一時金・勤続報酬制度の設計ポイント
退職一時金や勤続報酬は、柔軟性が高く、中小企業でも導入しやすい報酬設計の一つです。特に、次の点に留意すると効果的です。
- 支給基準の明確化
勤続年数や役職、業績評価などを基準に設計し、透明性のあるルールづくりが求められます。 - 業績連動型との併用
固定額に加えて、企業の業績に応じて変動する仕組みを取り入れることで、モチベーション向上にも寄与します。 - 将来の支給時期・手続きの明確化
曖昧さを排除し、従業員の安心感を高めることが重要です。
このような制度は、企業文化や財務体質に合わせてカスタマイズできるため、退職金制度の代替手段として有効です。
福利厚生やスキルアップ支援の連動戦略
金銭的な制度に加え、福利厚生や教育支援を連動させることで、総合的な従業員満足度を高める戦略も有効です。
- キャリア支援制度の充実
資格取得支援や外部セミナー補助制度を設け、長期的なキャリア形成を後押しします。 - 柔軟な働き方の提供
リモートワークやフレックス制度の導入は、従業員のライフステージに応じた働き方を支援できます。 - 健康経営の推進
健康診断の充実、メンタルヘルスサポートなども、長く働きたいと思える職場環境の整備に貢献します。
これらの取り組みは、従業員にとって「この会社で働き続ける価値」を感じさせる要素となり、結果として退職金制度がなくても高い定着率を維持することが可能となります。
導入に向けたステップと注意点
退職金制度やその代替施策の導入には、単なるルール設計だけでなく、企業文化や従業員の理解・納得を得るプロセスも不可欠です。
ここでは、導入時に押さえておくべき実務的なポイントを3つの視点から解説します。
制度設計の段階的プロセス
制度導入にあたっては、以下のような段階的アプローチが推奨されます。
- 現状分析と課題抽出
従業員の平均年齢、在籍年数、離職率などの現状データをもとに、必要な制度の方向性を明確化します。 - 制度の選定と設計
確定拠出年金、退職一時金、スキル支援など、自社に最適な制度を選定し、支給条件や対象者を設計します。 - 財務シミュレーションとリスク評価
長期的な財務負担や、制度変更時の想定リスクをシミュレートすることで、持続可能な運用が可能になります。 - 社内規程の整備と運用ルールの策定
就業規則や賃金規程に反映させ、制度の透明性と一貫性を担保します。
制度の目的と社員への影響を明確にしつつ、ステップごとに見直しを図ることが重要です。
社内説明・従業員合意形成
新たな制度は、導入時のコミュニケーションの質によってその成功が左右されます。円滑な導入は「制度によって社員がどのような価値を得るのか」を明確に伝えることがカギとなります。
- メリットと将来像の明示
退職後の生活設計における資産形成効果や、ライフイベントへの対応力などを具体的に示すと効果的です。 - 双方向の意見交換の場の設置
制度に対する疑問や要望を受け止め、必要に応じて内容を調整する姿勢が信頼性を高めます。 - 段階的導入の検討
試験導入や一定の経過措置を取り入れることで、従業員の心理的負担を軽減できます。
従業員にとって「納得感」があるかどうかが、制度の定着率を大きく左右するといえるでしょう。
コンプライアンスと税務面で押さえるべきポイント
制度導入時は、法令遵守と税務的な最適化も欠かせません。以下の点は必ずチェックしておきましょう。
- 労働基準法・就業規則との整合性
新制度が労働契約や賃金体系と矛盾しないよう、就業規則への記載・改訂を適切に行う必要があります。 - 所得税・社会保険の取扱い
退職金や確定拠出年金、報奨金などは、それぞれ異なる課税・非課税のルールがあるため、制度設計段階から税理士等の専門家と連携を図ることが重要です。 - 個人情報保護・運用ガバナンス
社員の資産情報や運用状況を扱う場合は、情報セキュリティや運用管理体制の整備が求められます。
このように、制度の導入は一過性の施策ではなく、中長期的な経営基盤づくりの一環として、総合的に捉えることが求められます。
導入事例:中小企業が退職金なしから運用へ成功したケース
多くの中小企業にとって、退職金制度の導入は「コスト」「手間」「制度設計の複雑さ」などの理由で敬遠されがちです。
しかし、工夫次第で従業員の満足度と企業の持続性を両立させた成功例も少なくありません。ここでは、退職金制度がなかった企業が代替施策を導入し、人材維持と企業価値向上に成功した2つの事例を紹介します。
A社:確定拠出年金を柱に人材維持
都内でITサービスを展開する従業員30名のA社は、創業以来退職金制度を設けていませんでした。
若手中心の人材構成で離職率が高く、採用・教育コストの増大に悩んでいた同社は、3年前に企業型確定拠出年金を導入。
- 導入ポイント
掛金額は月1万円からのスタート。経営陣と外部FPが協力して社員向けの資産形成セミナーを定期開催。 - 成果
若手社員の離職率が20%→13%に減少。「将来を考えてくれる会社」というイメージが定着し、採用広報にも好影響をもたらしました。
中長期の資産形成支援を軸に据えることで、社員との信頼関係を構築できた好例といえるでしょう。
B社:勤続報酬で従業員満足度向上
地方で建設業を営む従業員20名のB社では、退職金の代替として「勤続報酬制度」を独自に設計。5年・10年・15年などの節目で報奨金を支給し、社内表彰も実施する仕組みを取り入れました。
- 導入ポイント
勤続年数に応じて10万円〜50万円を支給し、支給理由やメッセージを社内イベントで共有。 - 成果
受賞者の満足度が高く、制度導入後の平均在籍年数が延伸。ベテラン社員の継続雇用につながっただけでなく、若手の定着にも効果を発揮しました。
お金だけでなく「感謝と承認」をセットにした運用が成功のカギとなった事例です。
導入時の課題とその克服ポイント
これらの成功事例でも、導入当初は以下のような課題がありました。
- コスト面の不安
→ 財務シミュレーションをもとに、段階的導入(小規模→拡大)や変動型設計で柔軟に対応。 - 従業員の理解不足
→ 社内説明会や個別相談会を通じて制度の意義を丁寧に説明。 - 制度運用の属人化
→ 専門家や社労士との連携で、規程整備と運用ガイドラインを明文化。
これらの課題を乗り越えることで、制度は単なる福利厚生ではなく、企業の「信用力」と「持続力」の象徴として機能し始めました。
中小企業であっても、工夫と戦略的アプローチによって十分に成果を上げられることが、これらの事例から見えてきます。
退職金制度のあるべき未来と企業としての選択肢
時代の変化に伴い、働き方・雇用形態・価値観が多様化する中で、退職金制度の在り方も大きく見直される時期に来ています。ここでは、今後の報酬戦略において企業が取るべき方向性や選択肢について考察します。
人材多様化時代にふさわしい報酬設計とは
従来の「一律で長期雇用前提の退職金」から脱却し、より柔軟で個別最適な報酬制度が求められています。
- キャリア志向別の設計
長期雇用志向の人材には確定拠出年金型、流動性の高い人材には成果報酬型など、報酬構造のカスタマイズが重要です。 - 選択型福利厚生との連携
退職金相当額を「教育」「子育て」「住宅補助」などに転用可能にすることで、多様なニーズに対応できます。 - エンゲージメントを軸に据えた報酬戦略
金銭的報酬だけでなく、自己成長支援・ワークライフバランス支援も含めた“トータル報酬”の概念がより重要になるでしょう。
このような報酬設計は、単なる経済的インセンティブではなく、「この会社で働き続ける意味」を社員に提供する力を持ちます。
自社ブランド戦略としての退職金制度
退職金制度は単なる制度設計ではなく、企業の価値観やブランドを体現するツールにもなり得ます。
- 「社員を大切にする会社」としての象徴
退職金制度の存在は、外部ステークホルダーに対する信頼構築にもつながります。 - 長期雇用を支援する経営姿勢の可視化
福利厚生が明確な企業は、採用市場でも好印象を持たれやすく、採用力・定着力の両面で差別化が可能です。 - 地域密着・業界内差別化の要素にも
特に中小企業や地方企業においては、地域貢献や人材循環の観点からも制度の存在がプラスに作用します。
戦略的に制度を活用することで、企業ブランディングの一環としても高い効果を発揮します。
将来的に検討すべき制度のアップデートをしよう!
制度は導入して終わりではなく、社会環境や働き方の変化に応じてアップデートする柔軟性も必要です。以下のような検討項目が挙げられます。
- 定期的な制度レビューの実施
3〜5年ごとに社員アンケートや外部評価をもとに、制度の実効性を見直す仕組みが有効です。 - デジタル化・運用の効率化
勤続年数やポイント管理をクラウドで一元管理し、運用コストとヒューマンエラーを削減。 - ライフステージ対応型制度
育児・介護・セカンドキャリアなど多様なライフイベントに応じた柔軟設計を検討することで、より社員に寄り添った制度となります。
これからの退職金制度は、「いかに退職時に報いるか」だけではなく、「いかに在職中にエンゲージメントを高め、企業価値と連動させるか」が問われる時代に入っています。
退職金制度をどう設計・運用するかは、単なる福利厚生ではなく、企業の未来像そのものを映す鏡です。経営戦略と人事戦略を統合しながら、自社にふさわしい制度を描いていくことが、これからの企業に求められる姿勢といえるでしょう。
まとめ:退職金制度の最適化は専門家との連携がカギ
退職金制度の有無は、従業員の定着率や企業のブランディングに大きな影響を及ぼす要素です。制度を導入しない選択も一つの戦略ではありますが、その場合でも代替施策や福利厚生を通じた将来支援の仕組みづくりが求められます。
特に確定拠出年金(企業型DC)や独自の勤続報酬制度は、企業規模や業種に応じて柔軟に設計できる点で中小企業にも適しています。しかし、これらの制度は設計・運用において労務・税務・法令の専門知識が必要となるため、社労士など専門家のサポートが欠かせません。
「自社に最適な退職金制度や代替施策を整備したい」「確定拠出年金の導入を検討したい」
そんなお悩みをお持ちの経営者・人事ご担当者様は、まずは社労士事務所にご相談ください。企業の現状を踏まえた制度設計から、社内規程の整備・従業員説明のサポートまで、一貫して対応いたします。
制度導入は、“企業の未来を形づくる投資”です。長期的に信頼される職場づくりを一緒に進めていきましょう。
この記事の執筆者

- 社会保険労務士法人ステディ 代表社員
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