最低賃金は、労働者の生活を守るために国が定めた重要なルールです。
しかし一方で、企業側がこの最低賃金を守らなかった場合、どのような罰則やリスクがあるのかを正しく理解している経営者は意外と少ないかもしれません。
本記事では、最低賃金を守らないことで発生する法律上のペナルティや企業イメージへの影響、そしてそのリスクを未然に防ぐための実践的な対策について、専門家の視点からわかりやすく解説します。
法令遵守と健全な労務管理の第一歩として、ぜひ最後までご一読ください。
最低賃金を守らないと企業にどんなリスクがあるか?
最低賃金の未払いは、単なる「うっかりミス」では済まされない重大な法令違反です。
違反が発覚した場合、企業は法的処分だけでなく、社会的信用の失墜や採用・取引への影響といった多方面のリスクを負うことになります。ここでは、最低賃金を守らなかった場合に企業が直面する主なリスクについて、4つの視点から詳しく解説します。
法的リスク:罰則の適用
最低賃金法や労働基準法には、違反時の罰則が明確に定められています。金銭的な罰にとどまらず、企業経営に大きな影響を与える可能性があります。
最低賃金に違反した場合、下記2つの罰則が適用されることになります。
- 地域別最低賃金違反の罰則
- 最低賃金法第40条により、違反した場合は「50万円以下の罰金」が科されます。これは全国各都道府県で設定されている最低賃金額に違反した場合の罰則となります。
- 特定(産業別)最低賃金違反の罰則
- 労働基準法第120条により、「30万円以下の罰金」が科せられる可能性があります。これは、特定産業ではより高い水準の最低賃金が設定されているため、特に注意が必要です。
なお、特定最低賃金が適用される従業員に対して、地域別最低賃金額以上の賃金を支払わなかった場合、50万円以下の罰金に処せられる可能性があることも押さえておきましょう。
未払賃金・損害賠償リスク
最低賃金を下回る賃金しか支払っていなかった場合、企業は労働者から未払賃金の差額を請求されるリスクを抱えることになります。この請求は法的に認められた正当な権利であり、企業側が一方的に拒否することはできません。
さらに、2020年の民法改正により賃金債権の消滅時効が2年から3年に延長されたことで、企業は過去最大3年分にわたって未払賃金の支払い義務を負う可能性があります。たとえ従業員が退職することが決まっていたとしても、時効が成立していなければ請求されることがあり、まとまった額の支払いに発展することも珍しくありません。
また、悪質な対応や対応の遅れがあると、民事訴訟や労働審判に発展することもあり、精神的・時間的・金銭的コストが企業側に重くのしかかるケースも見られます。
未払賃金の発生は単なる「ミス」では済まされず、信頼関係の崩壊や労務リスクの拡大に直結する深刻な問題であると認識すべきでしょう。
行政対応/監督署対応のリスク
最低賃金の違反が発覚した場合、企業は労働基準監督署からの行政指導や調査を受けるリスクがあります。
多くの場合、労働者からの申告や相談がきっかけとなり、監督署が企業に対して立ち入り調査を実施する流れになりますが、労働基準監督署の調査においては、労働時間の記録や給与明細、賃金台帳などの提出を求められ、違反が確認されれば「是正勧告」が行われます。
是正勧告を無視したり誠実に対応しなかったりした場合、状況は一気に悪化します。特に悪質なケースと判断された場合には、企業名が公表されたり、使用者が書類送検される可能性も出てくるのです。
実際に、厚生労働省のウェブサイトには最低賃金違反で企業名が公表された事例も複数存在しており、社会的信用を大きく損なう要因となります。
こうした行政対応は、企業の内部体制や労務管理に対する信頼性を問われる場面でもあります。日頃から労働関係法令に基づいた運用を徹底しておくことが、調査対応やリスク回避の大前提と言えるでしょう。
信用・ブランドへのダメージ
最低賃金違反は、法的リスクにとどまらず、企業の社会的信用やブランド価値にも大きなダメージを与える可能性があることも忘れてはいけません。
特に近年はSNSや口コミサイトの普及により、従業員やその家族、関係者などから内部事情が瞬時に拡散されるリスクが高まっています。たとえ一部の現場でのミスであっても、企業全体の体質として受け止められてしまうケースも少なくありません。
こうした情報が拡散されれば、世間からの批判が高まり、企業イメージが大きく損なわれることは明確でしょう。
その結果、商品やサービスに対する顧客の信頼が低下し、売上減少に直結する場合もあります。さらに、労働環境の悪さが表面化すると、優秀な人材の採用が困難になるだけでなく、既存社員の士気低下や離職率の上昇を招くことにもつながることも考えられます。
また、取引先や金融機関などのステークホルダーからの信頼も損なわれ、資金調達や提携において不利になるケースもあります。最低賃金の遵守は、単なる法令順守の問題ではなく、企業の持続的な成長と信頼の維持に直結する極めて重要な経営課題といえます。
なぜ法律は企業に最低賃金遵守を求めるのか?
最低賃金の制度は、単に「労働者を守るためのルール」ではありません。
法律が企業に対して最低賃金の遵守を求めるのは、労働市場全体の健全化と企業経営の安定を図るためでもあります。ここでは、最低賃金制度の目的と、企業にとっての遵守メリットについて整理して解説します。
最低賃金の制度の目的
最低賃金法は、その第1条において制度の趣旨を明確に示しています。
(目的)
最低賃金法(昭和三十四年法律第百三十七号)より
第一条 この法律は、賃金の低廉な労働者について、賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、もつて、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。
上記の内容を簡単に解説すると、
- 労働者の生活安定と労働力の質的向上
- 最低賃金は、すべての労働者が健康で文化的な生活を営むための最低限の保障です。安定した生活が可能になれば、労働意欲や生産性の向上にもつながると考えられています。
- 公正な事業環境と競争秩序の確保
- 最低賃金を守らずに人件費を抑える企業があると、適切な賃金を払っている企業が不利になります。制度によって不当な価格競争を防ぎ、公平なビジネス環境を整えることができます。
このような目的に向かって、法律で最低賃金を決め、企業に遵守することを求めているのです。
法令遵守が企業にもたらすメリット
最低賃金を含む労働関連法令を遵守することは、単に「罰則を避けるための義務」ではなく、企業経営においてプラスの側面もあると考えられます。
まず第一に、法令に基づいた適切な賃金体系を構築することで、労務リスクを未然に防ぐことができ、訴訟や行政指導といったトラブルによる時間的・金銭的コストの削減につながります。
また、正当な報酬が保証されることで従業員の満足度が向上し、モチベーションの維持や業務パフォーマンスの改善、さらには離職率の低下といった効果が期待できるでしょう。これは特に中小企業にとって、安定した人材確保や育成を実現するうえで大きな強みではないでしょうか。
また、コンプライアンスを重視する姿勢は、顧客や取引先、金融機関、株主などのステークホルダーからの信頼を得るうえでも重要な要素です。法令遵守を徹底する企業は「安心して取引できる」「長期的に付き合える」存在として評価され、ブランド価値や企業イメージの維持・向上にもつながります。
このように、法令遵守は単なるコストではなく、長期的には企業の競争力を高めるための投資とも言えるのです。
企業が最低賃金違反を防ぐための実務対応
最低賃金違反は、未然の防止と早期対応が極めて重要です。
違反が発覚してから対応するのではなく、日頃から制度を正しく理解し、社内の運用体制を整備しておくことが企業リスクを最小化する鍵となります。ここでは、企業が実務上取り組むべきポイントを3つの段階に分けて解説します。
賃金形態別の確認ポイント
最低賃金を遵守しているかどうかを確認する際には、企業が採用している賃金形態に応じた正確な換算が必要です。一般的に、時給制であればそのまま最低賃金額と比較できますが、日給制や月給制の場合は、支給額を所定労働時間で割り戻して時給換算する必要があります。
例えば、
- 日給制の場合は「日給 ÷ 1日の所定労働時間」
- 月給制であれば「月給 ÷ 月間の所定労働時間数」
上記計算式によって時給を算出し、それが地域別または特定最低賃金を下回っていないかを確認することが基本となります。
さらに、賃金に含まれる各種手当の扱いにも注意が必要です。
通勤手当や家族手当、住宅手当などの一部手当は、最低賃金に算入できないと法律で定められており、これらを含めた額で比較してしまうと誤った判断につながる可能性があります。また、時間外手当(残業代)や深夜・休日の割増賃金についても、最低賃金の基礎には含めることができません。
正しい算定と確認のためには、給与体系の全体像を把握した上で、最低賃金の構成要素に関する知識を持つことが求められます。
毎年の最低賃金改定時期には必ずチェックを行い、制度変更に応じて給与計算システムや社内規程を更新する体制を整えておくことが、違反の未然防止につながります。
最低賃金への違反が発覚した場合の対応フロー
万が一、最低賃金を下回る給与を支払っていたことが発覚した場合には、企業として迅速かつ誠実に対応することが不可欠です。
まず最初に行うべきは、過去の給与支払い実績を確認し、最低賃金との差額が生じている期間と金額を正確に算出することです。例年、最低賃金は10月1日以降から切り替わることが多いため、変更時期から遡って確認しましょう。
差額が確認された場合は、対象となる労働者に対して速やかに未払い分を支払うとともに、支払い内容を明確に説明することが重要です。仮に労働者からの正式な請求がない場合であっても、自発的に対応することで、労務トラブルの長期化や信頼関係の悪化を防ぐことができます。
また、労働基準監督署から是正勧告を受けた際には、放置せず真摯に受け止め、必要な制度や運用の見直しを実施することを心がけてください。
形式的な対応にとどまらず、再発防止のための体制強化や就業規則・賃金規定の改定など、抜本的な改善に取り組むことが求められます。対応の誠実さが監督署からの評価にも直結し、今後の調査や指導における対応にも影響を与える可能性があるため、慎重かつ丁寧な姿勢が必要です。
再発防止のための仕組み整備
最低賃金違反を一度是正したからといって、それで安心するのは早計です。
重要なのは、同じ過ちを繰り返さないための仕組みを社内に構築し、継続的に運用していくことです。再発防止には、人事制度や運用体制の見直しが欠かせません。
まず見直すべきは、就業規則や賃金規程などの基礎的な社内ルール。
最低賃金は毎年見直されるため、それに合わせて給与体系や支給基準が最新の法令に合致しているかを定期的に確認する必要があります。とくに月給制や手当を多く含む複雑な給与体系を採用している場合は、ルールと実務の齟齬がないかを厳密にチェックすることが求められます。
また、実務レベルでは給与計算の確認体制を強化し、複数人によるダブルチェック体制や自動化ツールの活用を検討することも有効です。担当者個人の知識や判断に依存する体制では、制度改正への対応が遅れがちになり、違反の温床になりかねません。
さらに、法令知識のアップデートを目的とした担当者向けの定期研修や、実務マニュアルの整備も欠かせません。これにより、担当者間での知識のばらつきを減らし、属人化を防ぐことができます。
まとめ:最低賃金の遵守は企業の信頼を守る第一歩
最低賃金の遵守は、単に法律を守るという意味にとどまらず、企業の信用や持続的成長に直結する重要な要素です。違反による罰則を防ぐためにも、制度の趣旨を正しく理解し、社内体制を見直すことが求められます。
特に中小企業では、ちょっとした認識のズレが法令違反に発展するケースも少なくありません。日々の業務の中で「うちは大丈夫」と思い込まず、定期的なチェックと従業員への適切な対応を継続することが、安定した経営につながるでしょう。
不明点や気になることがあれば、お気軽に弊社までご相談ください。専門スタッフが企業ごとの状況に応じたアドバイスを丁寧にサポートいたします。
この記事の執筆者

- 社会保険労務士法人ステディ 代表社員
その他の記事
ニュース一覧2026.01.19生涯設計手当とは?導入時に人事担当者が失敗しないための実務を解説
ニュース一覧2026.01.15深夜手当計算の正しい方法とよくあるミス【人事・労務担当者必見】
ニュース一覧2026.01.13休職中に給与は支払う必要がある?会社が知るべき法律・実務対応を徹底解説
ニュース一覧2026.01.12社会保険上の扶養とは?税法上の扶養との違いを企業向けにわかりやすく解説
